第182話 取ってやる
「山田さん、進捗はどうですか」
木曜日。
神崎さんがいつものドビー織りの白シャツの袖を捲りながらやって来た。あたしは神崎さんの袖口から覗く手首が好きなんだけど、こうやって袖捲っちゃうと袖口から手首が覗くっていう構図にならないのよね。ちょっと心の中で文句を言いながらも、作業の進捗を報告するわけだ。
「上部旋回体の方は昨日のうちに仕上げて最終テストに回してます。それからアウトリガー水準センサの方は今朝上がったのでこれも朝のうちに最終テストに回してます。今頃製造の方でヨッちゃんがパーツ組んで、恵美と最終確認してる筈です」
うんうんと頷きながら聞いてた神崎さんが、満足そうに笑ってくれたんだ。ああ、この笑顔、あと何回見られるんだろう。
「流石ですね。やはりあなたは完璧なパートナーだ。やっと見つけたダイヤの原石ですからね」
「あたしそんな凄いもんじゃないけど」
「いいんです。あなたはそれを自覚しない方が輝いてる。僕のピンクダイヤモンドですから」
あ、チューリップ……。もうみんな終わっちゃってたな。あのピンクのチューリップ可愛かった。大好きだったな。てか、今何つった? なんか聞き捨てならんよーな……。
「昨日本部に報告したシステムの仕様を持って来ました。間に合わなければ本社に戻ってから続きをやっても構いません。こちらはもう少し工数に余裕があります」
早い。昨日本部に話をして、もう仕様上げて来たのか。渡された仕様書を軽くパラパラとめくってますます驚いた。殆どロジックが仕上がってる。
「これ、プログラミングするだけじゃん」
「プログラマなんですから当然ですね」
「いや、計算式までもう出来上がってるから」
「この辺の計算式は素人には判りませんよ。頭で理解しても、実際乗った時の感覚とは違います」
もー! こめかみを人差し指でトントンってやるだけの仕草でもカッコいいよ。なんか癇に障るわ。
「計算上OKであってもそうは行かないという事なんですよ」
「例えば?」
「アームの『たわみ』などは、一緒に作業している玉掛け作業員でもわからないものですよ。クレーン技能を持っている玉掛けさんと組むと、本当にストレス無く作業ができるんです」
「ふーん……」
なんか悔しいな。あたしもその資格取ってやる。
「そういうわけで、この計算式だけは僕の方で作らせていただきました。他はすべて山田さんにお任せしますので、自由に組んでください」
「ここまで出来上がってるなら、今日の帰りまでにプログラム組んでデバッグして、テストに回せると思う。神崎さんも明日組み込むつもりで準備しててもらっていいですよ」
あ、神崎さん。ニヤッて笑った。嬉しそう。ほんとに仕事好きなんだ。
「流石ですね。期待してますよ。部長の顔が見ものです」
部長にギャフンと言わせたいんか? もう十分言わせてるんだからいいでしょー?
「それと山田さん」
「ん?」
「今日は卒業テストもありますから。お忘れなく」
「あ……」
神崎さん、あたしの返事を待たずにくるっと踵を返して行っちゃった。
卒業テストか。絶対一発合格してやる。そんで神崎さんを卒業するんだ。そうしなきゃ、あたし東京で前に進めない。
だけど今のプライオリティはそれが一番じゃない。目の前にある仕事をやらなくちゃ。
あたしは深呼吸して仕様書を開いた。
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