第181話 わかりませんか

 帰りもガンタを送って帰ったんだけど、神崎さん、二人になってからちっとも声をかけてくれない。いつもならあたしが気まずい時でも飄々として声かけてくれるのに。あたしから何か声をかけた方がいいかな? でも何話していいのかわかんない。神崎さん、いつもこんな気持ちであたしに声かけてくれてたのかも。


「あ、あのさ。今日のガンタのお弁当、豚の照り焼き弁当だったよ。神崎さん直伝つって凄い綺麗に出来てて、メッチャ嬉しそうだったよ」

「そうですか」


 ……。それだけかよ。


「色のバランスも神崎さんに教えて貰ったって。パプリカも赤と黄色のがかかってて、サラダミズナも2㎝くらいの」

「そうですか」


 え? 話を遮った? 神崎さんが? この話、したくなかったのかな。それとも……。こっち、チラッとも見ないよ。表情一つ変えずにさ、真っ直ぐ前だけ見て運転してる。


「ごめん。どうでもいい話しちゃったね」


 神崎さん、返事してくれない。どうしたらいいんだろう。

 途方に暮れて窓の外の流れる景色を見るけど、だからと言って何が起こる訳でも無くて。こんな時こそタヌキでも出て来てくれたらいいのに。


「山田さん」

「ん?」

「今日は水曜日です」

「うん」

「会社に行くのはあと二日」

「うん」

「時間を大切にしたいのは判ります。僕もそうです」

「……?」

「ですから、会社にいる間はあなたの大事な事をして、大事な人と過ごして、大事な時間を有効に使って下さい。ですが……今はもう帰宅途中です」

「うん」

「今あなたは僕と一緒に居ます」

「うん。え?」


 神崎さんは何故か大きな溜息を一つついたんだよ。右手の人差し指が、ハンドルの上で落ち着きなくトントンとリズムを刻んでる。


「……わかりませんか?」

「へ?」

「いえ、結構です」

「え、何?」

「僕は会社を出た瞬間から自分の大切な人と大切な時間を過ごしたい」


 そんな事言ったって。あたし、邪魔になってるって事? じゃあ、あたしを家に置いてからまた出かける? そうしたいならそれでもいいよ。


「あたしお家でお留守番してるから、お出かけしてもいいよ」

「……は? 僕と一緒にいるのは苦痛ですか?」

「何でそうなんのよ?」

「僕がそれを聞きたいんですが」


 じゃあどうしろっての? だけど神崎さんも左手で前髪をかき上げてる。滅多に見せない仕草だよ。

 あたしたち、どこかでボタンを掛け違ってる。それがわかってるのに、どうやって直したらいいのかお互いにわかんないんだ。だからこうやって二人して『何かが違う』って思ったまま、どうにもできないんだ。


「神崎さん」

「はい」

「明日テストしよう」

「何のテストですか」

「卒業テスト、明日が最後のチャンスだから。一発合格してみせる。ハンバーグだよ」

「……覚えてらしたんですね」

「だって、神崎さんを卒業しなきゃならないんでしょ?」

「ええ、まあそうですが」

「テスト受けるよ」


 神崎さんは今一つ要領を得ないような顔してたけど、そんな事はもういい。あたしは神崎さんを卒業する。

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