第180話 原石
「ですから……もう一度申し上げますが、実際、僕と山田さんと、こちらの製造の岩田君が危うく大怪我をするところだったんですよ。ギリギリのところで難は免れましたが、それでも岩田君は足首を捻挫しています。当然彼は労災申請するでしょうが、それ以前の問題として、事故を起こさないのが先決でしょう。どんなに優秀なオペレータでも、人間のやる事にミスは付き物です」
やってるやってる。画面の向こうで部長が溜息をついているのが見えるよ。
「だがねぇ、改善案ばかり次から次へと出されたんじゃあ、開発が進まんだろう」
「ですが、次回の分から組み込むのではFB80は欠陥品と言う事になりますよ。目の前にぶら下がっている問題があるのに、それを無視して欠陥品を量産するのですか? エンジニアの僕に目を瞑れと仰るんですか?」
あれは部長が可哀想だよ。あんな化け物に迫られたら『ヘビに睨まれたカエル』だよ。今度から『神崎に睨まれた部長』を社内標準にすべきだ。
「午前中に改善案を聞いたばかりだったんです。それを聞いて、実際の車体の様子を見ようと外に出たところで事故に遭ったんです。山田さんの案には入っていませんでしたが、僕はそこにエンジン停止許可を出すシステムも組み込むべきだと思います。昨日の転倒マシンは完全にエンジンが停止していましたが、地盤が緩かった為に起こったんです。そこが本当にエンジンを停止してマシンを休ませるのに適した場所かどうかを判断するシステムも組み込みたい。この程度のシステムなら山田さんには赤子の手を捻るような物です」
ヲイヲイ、あんまり大きい事ゆーな。組むのはあんたじゃなくてあたしなんだから。
しかも今日は開発フロアのど真ん中でやってんだよ。みんな呆然と見てるんだよ。横から恵美が「ほんとにあんな凄い事、花ちゃんが考えたの?」とかって聞いて来るから「うん、まあ」なんて答えたりして。
「山田さんって、あの山田さんだよねぇ? 赤子の手を捻る?」
それ遠回しにあたしを役立たずって言ってるよね。遠回しでもないか、割と直接的か。まあ、大したことないのは自分でよくわかってるけどさ、自覚あるだけに凹むし。と思った瞬間、神崎さんの静かだけど妙に凄味のある声が響いたんだよ。
「お言葉ですが部長。僕が誰かと組んで仕事する際にそのパートナーを選ぶ権利を与えられたら、100%山田さんを指名しますよ。僕には彼女以外のパートナーなど考えられない」
え、ちょっと。そこだけ聞いたらメチャ照れるし。恵美も肘でグリグリして来るし。でも『仕事のパートナー』だからっ。そこはハッキリしとこう。うー。後ろでは城代主任が腕組んで立ってるよー……。
「君にしごかれてここまで来たかね?」
「いえ、彼女は最初からダイヤモンドの原石だったんですよ。この試験場で磨かれたんです。本社のような現場の見えないところでは原石が磨かれる事などありません。彼女は、僕が本社で見つけて、この場所で磨いたダイヤモンドです。どうすれば美しく輝くかは僕が一番よく知っています。彼女には目一杯働いていただきます」
そして、ひと呼吸おいてこう言ったんだ。
「僕の管理下で」
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