第184話 見た目だけは

「どうぞ、始めてください」


 キッチンカウンターの向こうで神崎さんが静かにスタートの合図を出す。大丈夫、完璧に覚えてる。落ち着いてやればできるよ。

 まずは玉葱の皮を剥く。玉葱の皮剥くのって、見た目よりも難しい。


「玉葱は頭とお尻を落とすとそこからあっさり剥けますよ」

「はい」


 コツは教えてくれるんだ。よし、そんなに緊張しなくても大丈夫。確かに頭とお尻を落としたら剥きやすくなった。あたしこんな初歩的な事も知らなかったんだ。

 玉葱の皮を剥いたら次は人参半分だ。皮を剥いて玉葱と一緒にザルに退避。

 ここで神崎さんはフライパンに油を入れて火をつけたけど、あたしはみじん切りに時間がかかるから切った後で火をつけよう。玉葱半分と人参3分の2だった筈。


 神崎さんの視線が気になる。これがもっと違う意味の視線だったらいいのに!


 さて、これを炒めてる間にキュウリとレタスを洗って、レタスの水分を取るんだよね。フライパンの方が焦げないようにして、レタスは手で千切ってキュウリと人参を切る。

 ああ、あたしはここでフライパンの火を止めないと焦げちゃうな。ちょっと神崎さんと順番が前後するけど、あたしの場合はこれが最適な流れだよ。平らなお皿に移して濡れ布巾の上で冷ます、と。

 で、レタスとキュウリと人参はザックリ混ぜて、サラダボウルに盛り付けて、ラップして冷蔵庫!


 次! スープ!


 小さなお鍋にベーコンだ。玉葱を更に半分スライスして、ベーコンの脂で炒める! あ、プチトマトも入れてたな。あのプチトマトが美味しかったんだ。

 炒めながらボウルに牛乳を入れて食パンを準備する。その間にトマトがいい感じになったから、お鍋に水を入れる。牛乳にはパンだ。

 そろそろ濡れ布巾を水洗いしないと、ああ~、温まってる。結構順番が前後してるな。


 次! 挽肉だ!これを良く練って。なんか粘土みたいだな。結構握力要るな……思ったより疲れる。

 ここで一旦手を洗って、ズッキーニとパプリカ。これを切ってグリルに投入。あとよろしく! あたしは忙しいんだ。


 えーと次なんだっけな。あ、そーだドレッシングだ。ワインビネガーとオリーブオイルとお醤油混ぜて、残りの玉葱をみじん切りにしてここに入れる! 冷蔵庫に入れておく!


 次! ハンバーグだ。卵入れてパン入れて、炒めた野菜入れて塩とナツメグを振ってよく混ぜる。どりゃー! これでもかー! 親の仇ー!

 で、コイツを半分にしてキャッチミートだ。空気を抜かないと崩れちゃうって言ってたからな。そんで真ん中を少し凹ますんだよね。我ながらよく覚えてる! これハート形とかにしたら叱られちゃうかな。てか、できないか……。


 最初は強火で表面を焼く、焼き色が付いたら火を弱くする。その間に何かする事があった筈……コンソメだ! スープにコンソメ入って無かったらエライ事になるよ。で、また暇になった。う~ん、神崎さんは無駄な時間を1秒も作らなかったな~。


 あ、そうだ! ドレッシングを振ってた! よし、あたしもこれを良く振って。

 それから弱火にしたんだよ、ここにトマト入れた筈。赤ワインとソースとケチャップ入れて、ここにトマトだ。テキトーに切ってぶち込んだ筈だ。で、蓋をして蒸し焼き!

 

 その間にお鍋やフライパン、ザルを綺麗に洗って。何か忘れてるような気がする。


「テーブルセッティングは僕がやりましょう」

「あ、お願いします」


 そっか、これを忘れてたのか。

 あ、グリルも忘れてた! ああ、良かった丁度いいタイミングだった。これをお皿に並べて。ハンバーグは透明な脂が出て来たらOKだった筈。よし、これでいい。ハンバーグを盛り付けて、ソースをかけて。


「きゃー! 生クリームが無い!」

「コーヒーに入れるポーションクリームでも代用できますよ」

「え、そうなの? よし!」


 スジャータでも喰らえーーー!


「こ……これで、どうだ……」


 神崎さんは出来上がったハンバーグを一瞥して、唇の端で薄く笑ったんだよ。どーゆー意味の笑いなのよー!


「では、試食しましょうか」

「はい」


 すっごい疲れた。けど、見た目は完璧だよ、我ながら満足!


 




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