第173話 伺いましょう

「神崎さん、昨日また問題点と改善案を見つけちゃったんですけど、報告してもいいですか?」


 清水の舞台から飛び降りるつもりで、神崎さんに声をかけちゃったんだよ。良く考えたらさ、京丹波でずっと一緒に仕事してて、あたしの方から神崎さんに用事があって声かける事なんて、ほっとんど無かったんだよね。大抵神崎さんの方からいろいろ仕事持って来てたから。

 だから、あたしの方からいきなり改善案なんて持ちかけるのは初めてだし、あと3日くらいしかないのに今更かよって思われるのもなんだか怖くて、ちょっとドキドキしちゃったんだよね。だけど言わなきゃこのままなわけだし、3日でも報告書くらいは作れるから、誰かに引き継いだっていいわけだし。

 ってわけであたしは清水の舞台から綱無しバンジーな気分で『主担当・神崎』に声かけたのよ。


「ええ、聞かせていただきます。あちらの打ち合わせスペースで宜しいですか?」

「はい、お願いします」


 あそこって、最初の週末の前に「土日は空けていただきます」って言われたところだよ。なんだか懐かしいな。もう2週間以上も経っちゃったんだ。あの時はまさかその週末に天橋立デートになるなんて思いもよらなかったのにね。

 楽しかったな、天橋立。あそこで拾った貝殻をイヤリングにしたんだもんね。あ、どうするんだろう、キーホルダー。そのまま使うのかな? あたしとの思い出のキーホルダーを持ってたら、やっぱ奥さん気分悪いよね。しかもあたしの事知ってる人なら尚更。

 頂戴って言ったら、神崎さんくれるかな、あのキーホルダー。あたしだけの素敵な思い出にしておきたいよ。

 なんて思いながら、パーティションに区切られた打ち合わせスペースに入ったんだ。神崎さんもすぐに来てくれて。


「期待してますよ。非常に貴重なあなたとの夕食を一回分諦めてまで送り出したんですからね」


 くっそ、まだ言うかこのやろ。


「期待されても困るけど。昨日はクレーンを弄ってみたんだ」

「クレーンですか。FB80絡みではないと」

「うん。ここって、クレーンたくさんあるし、クレーンの近く通るの怖いから」

「なるほど。それで何が気になりました?」

「またアウトリガーなんだけど」

「はい」


 資料を広げてその横に白紙を置く。そこに上から見たクレーンの絵を描く。


「こーゆー風にね、作業半径が広がると、負荷がかかるでしょ? それでアウトリガーが浮いて、ひっくり返る。あたし昨日だけで玉掛けさん36人殺したの」

「……あのゲームでそんなに死者を出した人は聞いた事ありませんね」


 悪かったね。てか、あんたあのゲーム知ってるんかい。


「あたしだけでも多分最低48回は救急搬送されてる」

「上達しましたか?」

「勿論! 最後の方は多分皆さん軽傷で済んでる」

「……怪我はなさってるんですね」

「骨折くらいで済んでると思う」

「重傷ですよ」

「それが問題なの。みんなが怪我するの」

「ええ、そうですね」


 クレーンの横から見た図を今度は描いてみる。これならわかりやすいでしょ。


「吊り荷の重さとブームの長さ・角度を計算して、アウトリガーが浮く前に自動停止するシステムがあれば、事故は大幅に防げるよ。停止する前に警告音を鳴らして、ワーニングメッセージをメインパネルに表示するの」

「山田さん」

「はい」

「絵、お上手ですね」

「はい?」

「あなたの才能を一つ見落とすところでした。こんな素晴らしい才能が眠っていたなんて」

「え、そこ?」

「あ、すみません。ちょっとこの絵に感動したもので。子供に描いてあげたら喜びますよ。続きどうぞ」


 何言おうとしたか忘れたよ! だけど神崎さんは凄く嬉しそうなんだよ、もう目なんかキラキラさせてさ。ほんとこの仕事好きなんだな。

 ふと見ると、今日は淡いピンクのピンストライプの入ったワイシャツだよ。あ~もう、この人ほんとこのクールピンク似合う。癇に障るほど似合う。


「定格総荷重ってあるでしょ? 同じ重量でも、ブーム長や角度で一気にそこに近付く事ってあるじゃない? そんな時にも警告を出すべきだと思うのね。どうかな……素人の考えだから、そんなの要らないかも知れないんだけど。でも36人殺したし、多分お近くの病院、昨日は大変な事になってたと思う」

「そうですね、霊安室は玉掛け作業員の遺体で埋まりますね。現在3t以上のクレーンは標準装備になっていますが、マシンが小さいからと言って無視できる事ではありませんね。了解しました。実際僕もそれで散々クレーンをひっくり返してますし、全マシン標準装備の方向で」


 そっか、この人は本物のクレーンを何度もひっくり返してるんだった。


「すぐに上に上げましょう。他に何かお気づきの点はありますか?」

「あるっ」


 あたしが即答すると、神崎さんは嬉しそうに頷いて、机の上で手を組んだんだよ。


「伺いましょう」


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