第174話 俺じゃダメっすか

「すげえ。そんなにいろいろ見つけたんすか? 昨日だけで?」

「そんなにって言うほどじゃないよ。吊り荷の重さとブーム長・角度を計算するのなんて、そう言うロジックを組めばいいだけだからプログラムはそんなに難しくないし、その限界値に近付いた時点で自動停止させればいいだけだもん」


 今日もガンタはお弁当を持って来てる。だから外で食べたいところなんだけど、二日間雨が降り続いた後だから地面が泥濘んでてとても無理って感じ。

 それで今日は中庭のウッドデッキのところで食べることにしたんだ。初日に神崎さんと一緒に食べようかって言ってたところ。結局あの日は城代主任にお花畑に案内されたけど。


「車載カメラも?」

「うん。キャブに居るとさ、すぐ右側にブームがあってその向こう側が見えないじゃん? だからそこに作業員が居る事に気づかないで上部旋回体を右旋回させたらメッチャ危ないでしょ? あたし昨日それで作業員二人病院送りにしたし。車体後部も見えにくいしさ。だから全部見渡せるカメラが必要だと思うのね。それでアラウンドビューモニタを全マシン標準装備にしたらどうかって」


 あたしが説明してる間、真剣な眼差しで頷きながら聞いてる。勿論、お弁当を食べる手も休めてないけど。


「そんな事考えてやってたんだ。ほんとすげえよ花ちゃん。それで、神崎さんの反応はどうだったんすか?」


 ウズラの茹で卵とプチトマトが一緒にピックに刺してある。幼稚園さんのお弁当みたいで可愛い。ああ、そうか。これから神崎さんが作るのかな、彩花ちゃんのお弁当。


「うん。実はそれ、もう何年か前に神崎さんが上に上げてたらしいのね。だけど予算が取れなくて撥ねられちゃったんだって。今度は二度目だから絶対に通すって張り切ってたよ」

「そりゃそーすよ。花ちゃんの案なんすから」


 まーだ勘違いしてるよ。


「そこカンケー無いっしょ」

「寧ろそこが重要でしょ」

「なんでよ」

「だからー、神崎さんは花ちゃんの事が好きだって。まーた俺に言わすかなー。俺、敗北感満載なんすからー。あ、だけどそれでもいいよーな気がしてきたんすよ。だって花ちゃんと神崎さんがゴールインしたら、晴れて花ちゃんは俺の『姉貴』になる訳っすから!」

「あーごめん、それ、無いわ」

「何でっすか!」

「神崎さんの本命はあたしじゃないからだよ」

「それは無い、ぜーったい無い」

「もー、いいでしょ、あたし食べ終わったよ。もう行くよ」

「あ、待って下さいよ、俺も行くから」


 お弁当片付けて給湯室に向かうと大慌てでガンタもついて来る。


「何でついて来んの? 製造はあっち!」

「話終わってねーもん」


 給湯室には給茶機があって、ほうじ茶と緑茶が飲み放題なんだよ。まあ、それをいつも綺麗に洗ってお茶っ葉をセットしてくれてるのは沙紀と萌乃なんだけど。


「今日はほうじ茶にすっかな~」

「花ちゃん、さっきのって何だよ、本命違う人ってどーゆー事だよ。俺から見たら絶対花ちゃんだって。萌乃も沙紀も恵美もみんなそう言ってるよ。俺だってあの人だから諦められるんだよ。でも違う人って何だよそれ」

「違うんだからしょーがないでしょ? あたしの知ったこっちゃないよ」

「じゃあ、俺が本気出してもいいって事っすよね?」

「え? なんでそーなる?」

「なんでそーならないんすか? もう俺の前に壁は無いっすよ」

「だからそーじゃなくてさ」


 バンッ。

 へ?

 いきなりあたし、ガンタに壁に押し付けられたんだよ。そのままガンタがあたしの顔の両側に手を着いてさ。囲まれたよ。逃げらんないじゃん!


「花ちゃん、俺じゃダメっすか?」


 怖いくらいマジな顔してんだよ。ダメっすかって、何がどうダメっすかなんだよ? あたしは何を答えたらいいんだよ?

 ってびっくりして固まってたらさ。ガンタの肩に後ろから大きな手が乗せられたんだよ。


「岩田君。山田さんが怯えてらっしゃいますよ」


 公儀隠密! なんであんたここにいる? なんであんたこのタイミングで現れる?


「神崎さん……」

「こんな人目につくところではいけません。こう言った事はエレベータの中や部品倉庫など、二人きりになれるところをお勧めします」


 神崎さんはそれだけ言うと、チラッとあたしを見て表情一つ変えずに出て行ったんだ。

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