第168話 本社に帰れるのかしら

「は~なちゃん!」

「あ、城代主任」

「聞いたわよ、ピンクの車体に引き続き、上部旋回体の逆走防止警告システムとアウトリガー水準センサ組み込みの話。当たり前なのに誰も気づかないような事、花ちゃんて本当によく気づくわよね。親父さん大絶賛だったのよ~」

「ありがとうございますぅ」


 城代主任、美人で、頭良くて、センス抜群で、いろんな事知ってて、みんなに好かれてて、頼りにされてて、それでいてキュートでフレンドリーで……。

 ずるいよなー、なんで天は特定の人に7つも8つも与えてんだよ。一つでいいからあたしに分けろよ。

 こんな素敵な人なら神崎さんだってエンゲージリングかなり奮発しちゃうよなー。う~、それにしても7ケタか……。まあ、7ケタの価値のある女性ではあるな。この他にマリッジリングも用意するんだろうな。

 あたしなんかスプリングワッシャーだったよ。親父さんとこ行けばザクザクあるよ。サイズも選び放題だよ。まあ、スプリングワッシャーの価値のある女ではあるよ。地味~に凹むわ。


「今、神崎君、本社とやってるのよ。リアルタイムで。見に行かない?」

「え、そうなんですか? 行きます行きます!」


 連れて行かれたところは何故か製造。何故にこんなとこで? あ、やってるやってる。


「ええ、ですから何度も申し上げてますように、これまでの前例だけで話を進められたのでは『開発グループ』自体の存在価値が無くなると言ってるんです。確かに仰る通り、このシステムは今まで存在しなかった、それでも熟練オペレータであれば何も問題はありませんでした。現場では『体で覚えろ』なんて言葉があって、確かにそれは一理も二理もある、ですが、熟練の域に達するまではヒヤリハットの連続です。現場の事故を減らすための安全策として考えられたのがこのシステムなんです。それとも本部は『俺の時代は失敗を経験して体で覚えた』などと古臭い年寄りの回顧談で事故を容認するのですか?」


 すげー……。それ、上部旋回体の話だよね。


「これを考えたのは現場の人間ではありません。製造の人間でもない。ただのプログラマです。素人なんですよ。素人だからこそ見えてくる問題点と言うものを蔑ろにはできません。それにこの素人の考えたシステムを製造部門や検査部門が絶賛している。検査は毎日実際の現場と同じように動いてますから、かなり現場に近い感想を持っている筈です。どこかのドラマじゃないですが、事故は会議室で起こっているんじゃないんです、現場で起こるものなんです」


 パソコンの画面に向かって、口調は淡々としつつも内容は熱すぎる言いっぷりだよ。ぶっちゃけ、『キャブが真後ろ向いたままだと前進後退がわかんなくなっちゃって間違えることがあるんだよね~』って話なのに、神崎さんの手に掛かるとこうなっちゃうんだ。


「ね、彼、熱いでしょ? 車体カラーの時もあんな感じでね。本部長が『うん』って言うまで徹底した理論展開。色彩心理学まで持ち出してピンクにさせてたんだから、うふふふ」

「神崎さんて、敵に回したくないですね~」

「そーよね。でも花ちゃんは大丈夫。絶対敵に回す事無いから」

「そーですかねぇ」

「花ちゃんの提案になると、彼、俄然元気が出るのよね~」


「ええ、そうですよ、大変な努力家です。休日に我が社の監修した『けんきんぐ』を使ってオペレーションをマスターしたそうです。そこで何度も掘削を繰り返して気付いた事なんですよ。僕のような車体設計屋なら判ります、ただのソフト開発部隊ですよ? プログラマがそこまでしますか? 部長はそこまでする社員の意見を軽く見てらっしゃるわけですか?」


 なんか、ほんとに神崎さんカッコいい。部長は職人気質なとこがあって、『べらぼうめ、素人向けの建機なんざ作れるかってんだ』みたいなタイプなんだよ。だから素人でも安心! なんて事を言い出したら絶対ゴチャゴチャと文句付けて来るんだ。


「大型クレーンには気泡型水準器を埋め込んでいるものもある。ですがコンマ8クラス以下はオペレータが自分で準備する。大型マシンは安全性能を追及して、中型小型は別にいい、などという理屈は通用しません。確かに事故が起こった時、大型マシンの危険性は並大抵のことではない。ですが中型小型なら事故が起こっても大丈夫などと言う事はありません。建設業は全産業の生産額の1割にも満たないのに、死亡事故となると全産業の3割以上を占める危険産業です。特に建設機械絡みの事故が多い事は勿論ご存知ですね、部長?」

「いやぁ、神崎君。でも俺は中型小型なら何度もひっくり返して怪我も散々したがね……」

「部長」


 何? 神崎さん、凄い威圧感だよ。声は静かなのに。怖えー! 部長が黙ったよ!


「あー、そうだったな。相手が悪いな。現場の事は神崎君には敵わんからな」


 部長が引いた! あの部長が! ありえねー! 何をしてきたんだ神崎!


「僕の考えでは水準センサを車体内部に埋め込み、その情報をメインパネルに表示します。メインパネルのフレームにはまだ若干の余裕がある、そこに気泡型水準器を併設する事で考えています。余裕が無ければシガレットライタの場所を移動すればいい。これはコンマ4、コンマ2クラスも同様、カニクレーンタイプでも同じように装備できる筈です」

「ふぅ……君の熱意には負けたよ。後は神崎君に任せる。詳細上げてこっちに回して。工数考え直さんとな」

「工数はこちらで調整します。後ろが合うようにパスを書き直しますので、部長の方での調整は必要ありません」

「それでいけるのか?」

「もう殆どプランは頭の中に出来上がってます。文書化して製造するのに1日かかりませんよ。後はプログラマの腕次第です。ですがプログラマ本人の考えたシステムですから、部長の予想以上の水準が期待できますよ」


 うわ……マジか。この人どんだけ仕事できるんだ?


「ね、神崎君カッコいいでしょ? あれは親父さんが手放さないと思うわよ。神崎君、本社に帰れるのかしら」


 ……え?

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