第167話 バーコード

 今日も雨。雨はテンション下がる。しかも昨日、あのまま殆ど喋らないで夜になっちゃって、そのまま寝ちゃったし。夜に一度、冷えピタ貼り換えてあげて、その時はいつも通りにしてたけど、やっぱなんかあたしの方が引きずってる感じ。

 今朝は神崎さんがいつも通り早起きして、洗濯機回して朝ご飯とお弁当作ってくれてた。だからあたしもいつも通りに洗濯物干して。

「本当に一人前でいいんですか」って何度も確認されたお弁当もちゃんと持って、10日ぶりの会社に来たんだけどさ。やっぱりあたしだけが引きずってる。


 城代主任は朝一番にあたしを見るなり「花ちゃん、どうしたの、ストパかけたの? かーわいい!」って駆け寄ってきて、それを聞きつけた浅井さんまで「ん~、これはこれは、you の heart は『ときめきトゥナイト』な感じかな、baby?」とか訳の分からん事を言い出して。テキトーに「あ~、ど~も!」とか害のない返事して。

 そんで萌乃がまた朝っぱらからサンリオピューロランドのキャンディファクトリー並みの甘ったるーい声を出して「花ちゃ~ん」って来るし。


「どやったどやった? 彼、なんか言うとった?」

「あーうん。まあ……」

「反応どやったん?」

「んー、そうねぇ……」

「山田さん」


 はっ! 当の神崎さんが頭上から声かけて来るし!


「は、はい」

「園部さん、ちょっと失礼します。先週の山田さん提案のアウトリガー水準システムの組み込みと上部旋回体警告機能について、これから本社に話をするんですが、その前にもう一度確認しておきたい事がいくつかあるんです。今、時間いいですか?」

「あ、はい」

「ほんならモエ、行くね~」

「うん」

「園部さん、すみませんね」

「いーえ」


 萌乃、行っちゃったよ。今頃『執事萌え~』とか思ってるに違いない。今日の神崎さんは『執事神崎』じゃなくて『怖ーい上司神崎』かも知れないのにさ。

 てゆーか、ここまで完全に切り替えられる神崎さんてどーよ。GW中のデレデレ神崎さんと180度別人だよ。これ、ある意味怖いよ。二重人格だろあんた。


「山田さん、この資料で説明しようと思っています、今すぐご確認願います」


 って、A4版の紙を1枚渡されたんだ。その紙を見てびっくりした。神崎さんの几帳面な字でこう書いてあったんだ。


「そんな顔をしていては皆さんが心配しますよ。いつもの『笑顔の花ちゃん』で。」


 あたし、多分目をまん丸にしてたと思う。でも神崎さんは表情一つ変えずに、あたしの顔を見て「これで報告して宜しいですか?」って言うんだよ。


「はい、これでお願いします」

「ではこれでお昼前に報告を上げておきます」


 あたしの目をしっかり見てそう言った神崎さんは、その『資料』を他の資料の下に入れてさっさと歩いて行っちゃったんだよ。

 そりゃ確かにあたしは引きずってるよ。切り替えらんないよ。だけどさ、そんな事言われても萌乃や恵美につかまったらどうしてもその話題になるじゃん。どーしろってのよ。

 仕方ないからあたし、また工場の方に顔を出す事にしたんだよ。ここなら親父さんやヨッちゃんくらいしかいないから。


 製造の方はなんだか楽しいんだよ。ラジオ体操やっててさ。途中からあたしも参加してさ、そしたら何だか少し気が晴れて来たんだよ。やっぱ生き物は体動かすとテンション上がるんだよ。


「今日はGW気分が抜けない人も居そうですが、雨降りで足元が滑りやすくなっています。マシンの乗り降りの時には必ず三点支持を守って確実に足元を確認してください。では、今日は三点支持で行きます。三点支持よーし!」

「三点支持よーし! ご安全にっ!」


 って、あたしも一緒に言ってみたんだ。しかも大声で。そしたらみんなが振り返ってあたしを見て、大爆笑になったんだよ。その爆笑の輪の中から親父さんがひょっこり出て来たんだよ。いつものように作業着着てさ、五分刈りの頭を撫でながらこっちに歩いて来るんだよ。もうそれだけで癒される!


「花ちゃん、おはよーさん」

「親父さん、おはようございます」

「花ちゃん、ほんまにええなぁ。ウチの部署に欲しいわ。神崎君と花ちゃんをこっちにくれって本社に要請出してんねんけどな」

「またー、冗談ばっかり」


 親父さんの笑顔ってなんでこんなに安心できるんだろうな。あたしもこんな人になりたいな。そこで笑ってるだけで、一緒にいる人を幸せにできるような、そんな存在。


「で、どないしたんや、その髪。えらい別嬪さんになったやんか」

「えー? 別嬪なのは元々ですよ~」

「そやったそやった。すまんすまん。神崎君なら今日はまだこっち来てへんよ」

「違うの、車体の組み込み見に来たんです」

「組み込みかいな。ええよ、今からメインパネルの電気系統ちょっと弄るさかい、見てったらええがな」

「ありがとうございます~!」

「こっちや」


 親父さんに誘導されて、FB80のお腹を開けてるところを覗いたんだよ。もっとゴチャゴチャしてると思ったけど、案外シンプル。


「どこかに水準センサを組み込めないかな~と思ってるんですけど」

「水準センサ? どないするんや?」

「水準センサを組み込んで、その情報をメインパネルに表示することで、マシンオペレータのストレスを減らせないかなって」


 親父さんが腕組んで「いいねぇ」ってニヤッと笑ったんだ。それがなんだか親父さんに認められた気分で嬉しくてさ。


「花ちゃん、建機乗れないんちゃうの?」

「ガンタのとこで『けんきんぐ』やらせて貰ったの。一日中、夢中になってオペレーション覚えたんです。その時にね、いろいろ怖い思いして……って言ってもゲームなんだけど、これがリアルだったらヒヤリハットどころじゃ済まない大事故だよね~、っていうような事がたくさんあったもんだから。FB80からそのシステム組み込めたらいいなって」

「決めた。やっぱり花ちゃんは京丹波に貰お。バーコードが『うん』言うまで粘ったろ」


 親父さんもうちの課長の事『バーコード』って呼んでたらしい!



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