第166話 貼ってあげようか?


 文字通り家が揺れたと思うよ、あたしがダッシュで2階に駆け上がったんだから。

 なんかもう、わけわかんなくなったよ。自分でも何したいのか、どうしたいのか、全然わかんなくて、ただお布団に潜ってわーわー泣いてたんだよ。

 だって有り得ないじゃん。このあたしが、山田花子が、もう二度と男なんか好きにならないって思ってたこの野生のカバ(♀)が、あんな天然記念物級の朴念仁に振り回されるなんて! 

 バカみたいに、ダイエットしたり、夜中一緒にランニングに行ったり、イヤリングで舞い上がったり。恵美たちが応援してくれてるのを真に受けて、ストパかけたり。本気でネズミーランド行けると思ってたり。

 

 こーゆーの、独り相撲って言うんだよ。あたしにピッタリじゃん、力士みたいだしさ。ヴィジュアルからして完璧だよ。四股名考えなきゃね。山田山でいーや。上から読んでも山田山、下から読んでも山田山だよ。ひが~し~、やま~だ~やま~、いい感じじゃん。カバから力士に昇格だよ。

 ああ昇格か。花子はレベルが上がった! 経験値を50獲得した! 最終奥義『独り相撲』を覚えた! MAX-HP:1000000、だけど現在のHPは10くらいだよ。ゲージ赤いよ。もう倒れそうだよ。花子は最後の力を振り絞ってイケメンチート魔道士を召喚した!


「山田さん」


 ほんとに来たよイケメンチートサラリーマン。来たよじゃねーよ、あたしが自分で召喚したんじゃん。


「怒ってるんですか? 僕が黙っていた事」

「…………」

「そうですよね。洗濯物干したら一発でバレますからね。山田さんお察しの通り、昨日は外出しました。急ぎの用があったもので」


 そうだね、急ぎだよね。間に合わなくなっちゃうもんね。


「とても大事な用事でして。ですが、山田さんにご心配をおかけしてはいけないと思って黙っていました。それが却ってあなたを困惑させてしまったようで申し訳ありません。隠したかったわけではないんです」


 ベッドの側で話してるらしい。多分、膝立ちになってるんだ。声が近い。


「別にいいし」

「良くありません。実際あなたは僕が隠していたことを怒ってらっしゃる」

「だって神崎さん他人じゃん。あたしが神崎さんのこと全部知ってる必要なんかないし、神崎さんだって全部あたしに報告する義務なんて無いじゃん」

「ええ、そうですね。ですが昨日は山田さんに『寝ていなさい』と言われていたのに外出したんです。そのせいで昨日一日で熱が引かなかった。そしてそのせいで今日は山田さんに家事を一切お任せする事になってしまった。これは白状すべきでしょう」


 そんなのあたしにはどうだっていい事なんだよ。あたしはただ単にヤキモチ妬いてるだけなんだよ、もっともっと情けない理由でいじけてるんだよ。惨めになるからもうやめてよ。


「それに何より、こうして山田さんを泣かせてしまった。一番笑顔で居て欲しい人なのに」

「あたし、いつもそんなにヘラヘラしてる訳じゃないもん」


 我ながら完全に論点がズレてる事に気づいてはいるんだけど、言わずにいられない。なんだろ、ダダこねてるだけみたいな。

 でも神崎さんも論点ズレズレなんだよ。あたしが問題にしてるのはそこじゃないんだ。それがなんだ。


「わかってます。ヘラヘラとニコニコは違う。僕はあなたにいつものようにニコニコしていて欲しいんです。美味しそうにご飯を頬張って、楽しそうにお喋りして欲しいんです」


 そんなの! そのリングをあげる人に言うべきなんじゃないの? 言う相手、間違ってんでしょーが! あたしをその人の代わりに使うのやめてよ!


「こんなに悲しませることになるとは思いませんでした。もうあなたに嘘はつきません。すみませんでした」

「ごめん……。内緒にされた事がちょっとショックだっただけだよ。怒ってなんて無いよ」

「山田さん……」

「大事な用事だったんでしょ。大事な用事なんだから行けばいいんだよ。あたし怒らないよ。内緒にしないで、普通に行ってくれて良かったんだよ」

「そうですね。ちゃんと話せば山田さんがそんな事で怒る訳が無かったんです。内緒にされた事が悲しかったんですよね。僕が間違ってました」


 布団、頭から被ったまま起き上がってみた。ベッドにペタンと座って頭から布団被って、雪ん子が藁帽子被ってるみたいになってるんだろうと思うとなんだかちょっと恥ずかしい。


「神崎さん、まだ熱下がってないし、寝てないと。……冷えピタ、貼ってあげようか?」


 神崎さん、ちょっとだけ安心した顔になって小さく頷いたんだ。


「ええ、お願いします」 

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