いちいち癇に障るんですけどっ！

第165話 嘘つき

「美味しいですよ。山田さん、器用ですね。昨日教えて今日すぐに作れるとは」

「だけど、味噌汁だけだし」

　お昼になって神崎さんが下りて来たんで、お味噌汁食べて貰う事にしたんだけど、昨日教えて貰った通りに作ったお味噌汁、神崎さんはどう思ってるんだろう。自分ではかなり上手に作れたと思うんだけどな。

「今日はあまり食欲が無いので、これだけで十分です。それに僕は玉葱とジャガイモの御御御付けが食べたいと思っていたんですよ。何故僕が食べたいものがわかったんですか？」

「え……、豆腐昨日使っちゃったし、何入れていいかわかんなかったから、テキトーに」

「出汁、上手に取れてますよ」

「ありがと」

　神崎さんは上機嫌でニッコニコしながらジャガイモを口に運んでる。そんな神崎さんを見ると、その時だけは何だかとても幸せになるんだけど。だけど……。

　やっぱりさっき見つけたあのレシート、あれが気になってしまうんだよね。

「山田さん？」

「ん？」

「どうされました？」

「何が？」

「気のせいならいいのですが、何か元気が無いような気がしまして」

「ああ……おかず、なんにも作れなかったから」

「山田さんの分は僕が作りましょうか？」

「あたしも今日はそんなに食欲無いから、これだけでいい」

　そしたらさ、神崎さん、訝しげにあたしの顔を覗き込むんだ。

「どうされました？　どこか体の具合でも？　僕がうつしてしまいましたか？」

「ううん、なんともないよ」

「では……何か、あったのですか？」

　ああ、あったさ。あんたの部屋の、あんたの机の上にさ、見たくないものがあったさ。

「別に」

　あ、今の感じ悪い。すっごく感じ悪い。我ながら、めっちゃ嫌な女だ。勝手にヤキモチ妬いて、勝手にいじけてる。

「あの、ほら、雨だから。テンション下がっちゃうじゃん？　洗濯物も乾かないしさ。それに実は、これ作ってる時、いっぱい味見したの。ほんとはこれの倍くらいあったんだけど、味見し過ぎてこんな少なくなっちゃった。お腹減らない訳だよね、あははは」

　我ながらかなり無理がある。しかも見抜かれてるっぽい。神崎さん笑わない。

「ごちそうさま！　お風呂洗わなきゃ！」

　なんかもう、あたしそこに居られなくなって、自分のお茶碗持ってキッチンに片付けに行ったんだよ。なんかさ、どんな顔して神崎さんの前に座っていたらいいかわかんなくてさ。涙が出そうで、ほんとヤバくて、とにかくお茶碗をシンクに置いて水張って。タオルで手を拭いてたらさ……。

　急に後ろから抱きしめられたんだよ。

「どうなさったんですか。僕にも言えない事ですか」

　もうやめてよ！　なんで、なんでそーゆーことするかなぁ。あんたがそーゆーことするから、だから、あたしが混乱するんじゃないのよ。どーしてそーゆーことがわかんないかなぁ。

　こうやってさ！　神崎さんの長い長い腕とかさ、神崎さんのおっきい手とかさ、神崎さんの体温とか、神崎さんの匂いとか、神崎さんの声とか、神崎さんの呼吸とか、神崎さんの、神崎さんの、神崎さんの……。あああああ！　もう！

　神崎さんのばかやろう！

「ごめん、あたし……」

「ダメです。離しません。僕に言ってください」

「ごめん」

「山田さん」

「もうっ！　離してよっ！　神崎さんの嘘つき！」

「あ、山田さん！」

　あたし、あろうことかあの神崎さんを振り払ったんだよ。泣いてる顔なんか見られたくなかったんだよ！