第156話 あと何回

 今日は土曜日。のんびり寝てたんだよ。昨日いっぱい歩いて疲れたしさ。

 なーんか変な夢見たんだよ。変っていうかさ、嬉しい夢なんだけどさ。神崎さんのキスで起こされる夢。何ちゅー幸せな夢なの? てか、あたしヤバいよね、そーゆー夢見るって、なんか欲求不満? それとも昨夜の『おやすみのキス』効果?

 なんて思いながら、暫く微睡んでたんだよね。そしたらなんだか半分寝てるよーな半分起きてるよーな、半分夢見てるよーな不思議な感じでさ。またまた神崎さんのキスで目覚める夢見てさ。

 やだもう~、あたし絶対変態化してるし。そんなにチュ~されたいか、花子?


「山田さん、ご飯できましたよ。寝ててもいいですけど。あなたの寝顔を眺めているのもいいものです」


 なんてさ。いかにも新婚旅行ごっこモードの神崎さんが言いそうじゃない? ベッドの端が少し沈んでさ、まるで縁に神崎さんが腰かけたみたいにさ。それでチュッてするの。それで耳元で囁くの「山田さん」って。いや~ん、こーゆー微睡んでる時に見る夢って素敵! ってあたし何乙女してんだよ。いいじゃん立派な乙女なんだから。

 でもさ、何か変じゃない? 気のせいか妙に生々しいよ? 柔らかい感触がほっぺたにムニって。えらいリアリティあるな。ってちょっと待て、これはリアリティとかじゃないぞ、リアルだぞ? 


 パチって目を開けたら神崎さんの顔が至近距離にあって、「ひえっ」て変な声出しちゃった。


「お目覚めですか。もう少し眠られていたら唇も頂戴するところでしたが残念です。何か本能的な危機でも感じ取られたのですか?」

「そうだったのか……もう少し寝たフリしとけば良かった」

「利害関係が一致しましたね、ではもう少し寝たフリをお願いします。その方が僕もやりやすい」


 この人のジョークは偶にシャレにならんからな。


「いい。起きるし」


 そしたら神崎さん、わざとらしくがっくりと肩を落とすんだよ。


「はぁ……残念です。ところで、朝食は簡単にスクランブルエッグとボイルドソーセージ、温野菜のサラダにしましたが、コーヒーと紅茶、どちらになさいますか?」

「ふあ~……ミルクティにして」

「了解。下でお待ちしてます」

「はあい」


 神崎さん、部屋を出ようとしてドアノブに手をかけた時、チラッと振り返ったんだ。優しい目をして、だけど何かちょっと悲しげな顔をして笑ったんだよ。


「その返事、あと何回聞けるんでしょうね」


 神崎さんが部屋を出てった後、ちょっと考えちゃったんだよね。確かに、あと何回神崎さんにこんな間抜けな声で返事できるんだろう? 会社に行ったら「はあい」なんて言えない。仕事なんだから。

 それに、役職は城代主任や製造部長のおやっさんの方が上だけど、FB80っていうマシン単位で見たら平社員でも「主担当」の神崎さんの方が上司になる。上司にこんな風に甘ったれてちゃダメだよね。

 って事は、あたしがこんな風に神崎さんに甘えられるのは家にいる時間だけになるんじゃん。今日と明日過ぎたらまた平日だよ。そして次の休日には東京に戻る。東京に戻ったらあたしたちまたお家もバラバラじゃん。


 えー! もう無理だよ、一人暮らしなんて! 神崎さんの居ない家なんて有り得ない。コンビニ弁当だからとかそんなんじゃないよ、何にもしてくれなくてもいいよ、神崎さんにそこに居て欲しいんだよ。そこで笑ってて欲しいだけなんだよ。

 だけど、時間は過ぎて行くんだよ。来週になったら問答無用だよ。どうする花子?


 どーするじゃないよ、一秒でも長く一緒に居ようよ。こんなとこでダラダラしていられない、速く着替えて下に降りよう。一秒でも長く神崎さんの笑顔を見ていよう。


 急げ、花子!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る