第154話 ロマンチストなのっ
神崎さんてば鼻で笑いながらあたしを置いてさっさと歩いて行っちゃうんだよ。んもー! 牛になるぞ! んもー! んもー! カバが牛になったところであんまり変わらんか。カバの方が凶暴か。破壊力はカバの勝ちだな。
「待ってよー!」
「クリサンセマムが咲いてますよ。ヤグルマギクとの対比が素晴らしい」
「ふぇ~ん、何言ってるかわかんない。アゼルバイジャン語喋んないでよー」
やっと追いついて並んで歩くんだけど、神崎さん、脚が長くてさ、あたしが3歩歩く間に2歩しか歩かないんだよ。二人三脚したら絶対に転ぶパターンだよね。
「この白いのがクリサンセマム・ノースポール。ムルチコーレと言う黄色い品種もあります。こちらのブルー系の花がヤグルマギクです。そう言えば、ツタンカーメンの棺にヤグルマギクの花が添えられていたという話がありましたね」
「知らんし」
「素敵な話だと思いませんか。そんな大昔に既にこんな美しい花をお供えしてたんですよ」
「ロマンチックだねー」
あたしが神崎さんにちょっと肩をぶつけると、彼「ん?」って顔してあたしの手を握ってくれる。今日もガラ空きだよー、神崎さーん。
「ですが実際は違ったらしいんです。お供えされていたのはワニナシ。アボカドのことです」
「はぁ? アボカド? ロマンもへったくれもないじゃん」
「棺の上に置かれていた花輪にはヤグルマギクもあったそうですが」
「『も』って事は他にもあったの?」
「ええ、オリーブ、セロリ……」
「食べ物ばっかじゃん」
「……マンドレイクもあったとか」
「マンドレイクって何?」
「フフ……引き抜くと凄まじい悲鳴を上げると言われる植物ですよ。その叫びを聞いた者は気が狂って死んでしまうそうです。まあ、神経毒を含んでますから、体内に入ると幻覚や幻聴が現れるそうですからね。僕は試した事はありませんが」
「ほんとにロマンもへったくれもない……あたしこう見えてもロマンチストなんですけどっ」
え、そこ、フッとかって笑うとこ? それ、どーゆー笑いよ?
「これは失礼しました。ああ、こっちも綺麗ですよ。アネモネにダイアンサス、これはデルフィニウムですね。デルフィニウムは、その花姿がイルカに似ている事から付いた名前なんですよ。アネモネは、妹ばかりではずるいので姉もね、という事で付いた名前なんです」
「ウソぉ~!」
「ええ、嘘です」
「もー、神崎さんてばどこまで本気かわかんないよ~」
「山田さんへの気持ちは本物ですよ」
「へ?」
「いえ……何でもありません」
そう言えば、昨日も今日も「いえ、何でもありません」って聞いてなかったな。でも今、なんだか聞き捨てならない事を聞いたような気もするんだけど……。
なんて考える間もなく、神崎さんがまた一旦手を離して恋人繋ぎにしたんだ。それであたしの思考は一遍にぶっ飛んじゃう訳で。
それからあたしたちは滝の小路を歩いたり、ポプラ並木を眺めたり……。
あ、そうだ、アヒルさんボートにも乗ったんだよ。違った、スワンボートだった。どっちでもいいじゃん、あたしの乗った方がメッチャ傾いて沈没しそうで怖かったから、なるべく真ん中に寄って乗ったりしてさ。
そしたら神崎さんてば「そんなに僕にくっついて居たいのですか?」とかわざとらしく言ってくれちゃってさ。だもんだから「うん、そうなの、ベッタリくっついて居たいの」って言ってやったら「素直でいいですね、ではくっつきましょう」とか澄ました顔で言ってくれちゃってさ、そんであたしの肩をこうやって抱き寄せて……きゃあ~~~! 恥ずかしい! もう、なんなのよ、この人!
って感じで一日中恋人とデートしてるよーなそんな感じで……きっと傍から見たら結構イチャイチャしてるよーに見えたんじゃないかなぁ的な。でもいいよね、新婚旅行ごっこなんだから!
って、なんであたしまで開き直ってんだよ。いいじゃん、こんなチャンスもう二度とないんだから、ちょっとくらいイチャイチャしたって。神崎さんだってノリノリだったんだから。
でもやっぱりキスしてくれないのは、それが『ごっこ』でしかないからなんだろうな。そう思うとちょっと淋しいな。あんなにたくさんチャンスあったのにな。
ああ、贅沢言っちゃダメだよ花子。新婚旅行ごっこ出来るだけでも、沙紀や萌乃にクレーン吊るしの刑にされるほどの高待遇なんだからさ。
そして大興奮の疲れで帰りの車の中あたしだけ爆睡したまま、京丹波に戻ったのよ。
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