第153話 拷問?

 それからあたしたちは『ペンションたけ』を後にしたんだよ。

 タケさんにはめっちゃお世話になったな。いろいろ話聞いて貰って、なんか凄いホッとした。神崎さんも『師匠』カズ君に『女性の口説き方』を伝授して貰ったらしい。あたしがいくら聞いても、神崎さん教えてくれないんだよ、「これは『一子相伝』なのだそうです。僕はカズ君の子供ではないんですが、特別に許可が出まして」なんだってさ。はいはい、それで城代主任を口説くのね。頑張れよ。ちきしょー。

 帰り際にタケさんが「持ってけ」って玉葱たくさんくれたんだよ。ほんといい人だよ。でさ、あたしにそっとこう言ったんだ。「のんびり呑気に、だよ」って。わかったよ。のんびり呑気だね。おかしいな、自分では十分呑気だと思ってるんだけどな。

 

 さーて、今日はお花畑をガンガン攻めるのだ!

 淡路島に来る前にさ、「山田さん、温室や花壇が美しく整備されたところと、矢鱈とだだっ広くてお花がたくさん咲いてるところ、どちらがお好みですか?」って神崎さんが聞くもんだからさ、あたしは即答したんだよ、「だだっ広いとこ!」って。野原みたいなとこ好きだもん!

 そしたらここに連れて来てくれたんだ。


 凄いのっ! 素敵なのっ! このお花の凄いのが凄くってすんごい綺麗で、あー凄いしか出て来ない! もうあたし、大興奮なのっ! 興奮したカバほど凶暴な物は無いよ、危険だよ、誰か止めろよっ!


「ねーねー、神崎さん、こっちも綺麗だよ! ほらぁ、チューリップいっぱい! 可愛い~!」

「はいはい、そんなに引っ張らないでください、チューリップは逃げませんよ」

「すごーーーい、きれーーー! 見て見て、これ、ほら、会社の花壇にあった青い花でしょ?」

「ネモフィラ・インシグニスブルーですね」

「それそれ!」


 もー大興奮のあたしは、なりふり構わず神崎さんの腕に絡みついてあっちにこっちに引きずり回してたんだけど、それに気づいたのは夜帰ってからの話であって、この時はそれどころじゃなかったんだよ。


「これ何~? 花弁がキラキラしてるよ」

「これはリヴィングストンデイジーですね。南アフリカ原産の花です。アフリカ探検家のリヴィングストン卿に因んで名づけられたんですよ」

「何でそんな事知ってんのよー」

「偶々ですよ」

「またかい」


 もうね、見渡す限りお花なの! 芝生のあちこちが無造作に花壇になってます、な感じでさ、変な形の花壇がいっぱいあるの。きちんと四角い花壇じゃなくてさ、ほら、オランダのナントカ公園みたいなあんな感じなの。ってわかんないか。


「ねー神崎さん、オランダだったかスイスだったか、あの辺のチューリップいっぱいある公園って何だっけ」

「キューケンホフ公園ですか?」

「あー、それそれそれ! それみたい!」

「フフ……そうですかねぇ」

「何それー、行った事あるのー?」

「ええ、ありますよ。チューリップの時期に」

「え、チョー悔しい! あたしも行きたーい!」

「いつか一緒に行きましょう」

「うん!」


 え? うんって言ったけど、あんたと行く事なんて無いんじゃないのか?


「ですが、今日はここのお花と仲良くなさってください」

「うん!」


 神崎さん、優しい目をして笑ってる。こんな目をしてる時の神崎さんて、メチャクチャ素敵だよ。こんな神崎さんと一緒にお花を眺めてるなんて、すんごい幸せだよ。ずーっとこの時間が続いたらいいのにな。ってまたギュ~って腕に絡みついちゃう。


 なんかねお花がね、いろんなのがあるの。背の高いのに小っちゃいの、花弁いっぱいなのにちょびっとなの、青いのに赤いのに黄色いのに白いのに……。

 それをね、「これ可愛い」「あれ素敵」「それ綺麗」って言う度に神崎さんが教えてくれるの。それでお家にこれを植えるだとかあれを植えるだとか言って。


「オレンジと青の組み合わせも綺麗だね」

「正反対色ですからコントラストは最大級ですね。このハナビシソウとネモフィラの破壊力は凄まじいですよ。全てに於いて正反対です。オレンジとブルー、ヴィヴィッドとライト、背の高いのと低いの、1枚の花弁の大きいのと小さいの。ネモフィラがムスカリだと更に花姿も変化が出て面白い」

「ムスカリ? ってどれ?」

「そっちの花壇のブドウみたいな青紫の花ですよ」

「ほんとだー、ブドウみたい。あー、これあたしでもわかる、パンジーだ!」

「惜しい。パンジーはこっちです。この小さいのはヴィオラですよ」

「んもー! そーゆーとこツッコまないでよ!」

「その拗ねた顔が見たくて、つい、意地悪してしまいます」

「性格悪っ!」

「フフ……可愛いですね。食べてしまいたい」

「食うな、変態」

「ダメですか。では、抱き締めてしまいたい、ならいいですか?」

「ここで出来るもんならやってみろ」

「はい、ではお言葉に甘えて」


 っておい、ホントにするのか! 嬉しいけど!


「やっ、ちょっと……」

「なんですか? 山田さんの許可は得てありますよ」

「こんな人前で」

「人目が気になるなら、人目につかないところへ行きますか?」

「そーじゃないでしょー!」

「もっと大胆な行動に出られますね」

「だーかーらー!」

「冗談ですよ」

「あーん、もう、このドS!」


 神崎さんは手を離して一人で先に進んじゃったんだよ。


「もー待ってよ!」


 って追っかけたら、神崎さんの呟きが聞こえたんだ。


「酷い人だな。僕にこんな拷問を……」


 ん? 拷問?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る