第152話 茶ヤギさん

 部屋を出て、タケさんのところに行ったんだけどさ、居ないんだよ、神崎さん。タケさんが奥で仕事してるのが見えたからちょっと声かけてみたのよ。


「おはよーございまーす」

「ああ、花ちゃん、おはようさん。神崎さんなら外に出て行ったよ」

「ありがとう」

「昨夜は楽しかった?」


 タケさんがニコニコしながら奥から出てくる。


「うん。テラスでずっとお喋りしてたの。あのカップってタケさんが焼いたの?」

「おっ、わかった? 下手くそだったからなぁ」


 タケさん、照れくさそうに後ろ頭を撫でてる。今日はしましまのポロシャツに水色のエプロンだ。これもよく似合うな。


「神崎さんがね、焼いた人の人柄が出るって。すっごい褒めてた。信楽焼きだって言ってたけど、信楽焼きってタヌキの事じゃないの?」

「あっはははは……。あれは信楽焼きで作ったタヌキでしょ。信楽焼きで作ったカップだってあるさ~」

「そっか」


 二人してひとしきり笑ったところで、タケさんが優しく言ってくれたんだ。


「神崎さんに任せて正解だったろ?」

「うーん……ほっぺにキスされちゃった。えへへ」

「ほっぺ?」

「うん」

「そっか。良かったね」

「うん!」

「今頃、ヤギとお喋りしてるよ」

「あたしも行ってくる」

「うん、玄関出て左の方から裏に回ってごらん」

「はあい」


 タケさんに言われた通り、玄関を出て左に回ってみた。明るい昼間に見ると玄関前の花壇の花がとっても綺麗で、お花畑みたい。

 裏に回る途中、あたしたちの部屋のテラスの前を通って行ったんだけど、テラスの外側にもハンギングポットがあってたくさんのお花がそこから溢れるように咲き乱れてるんだよ。もうホントに綺麗。きっと神崎さんも自分のお家、こんな風にするんだろうな。

 裏に回ってみると、大きな小屋があったんだ。大きな小屋って変な言葉。小さいから小屋なんじゃん、大きかったら大屋だよ。とかバカな事を考えてたら、小屋の陰から神崎さんが出てくるのが見えたんだ。

 ちょっと脅かしてやろうと思って、木の陰に隠れたんだよ。そしたらさ、神崎さんの声が聞こえてくるんだ。


「どう思います? これは脈ナシでしょうか」

「メへへへへエ」

「これだけ言ってもまるで気づいて下さらないんですよ」

「メヘヘヘヘヘへエエ」

「普通は気づきますよねぇ?」

「メヘヘヘヘへエ」

「師匠の仰る通り、やはり押しが足りないのでしょうか?」

「メヘへメヘへへへエエエエ」

「なんと、行動あるのみと仰るのですか」

「メヘへへへエエエエ」

「そうですか……やはり僕はヤギを飼うべきですね。相談にも乗っていただける」


 何やってんだ?


「神崎さん!」

「あ、山田さん」

「何喋ってんの?」

「ヤギさんに相談事がありまして。とても優秀なヤギさんです。やはり僕は家を建てたらヤギを飼う事にします。白ヤギさんにしようか黒ヤギさんにしようかと迷っていましたが、今決めました。茶ヤギさんにします」

「はぁ……」

「可愛いでしょう、この茶ヤギさん。ニワトリさんも飼いたいですね。それと、室内ではアカハライモリさん」


 どーゆー基準で選んでるんだこの人は?


「戻りましょうか。朝食を頼んでおいたのでそろそろ準備して下さっているかもしれません」


 戻ってみたら、さっきのダイニングテーブルに朝食が準備してあったんだよ。タケさんが一人で頑張ってるんだと思ったら頭上がんないよ。

 

 ここのテーブルもよく見たらパイン材で出来ててさ、テーブルクロスは無いけど、ランチョンマットが敷いてあって、それもパッチワークで作ってあるの。すっごい可愛い。いいなぁ、こういうの。


「ねえ、タケさん。このランチョンマットって、奥さんの手作り?」

「あっははは、バレましたか? ウチの嫁も下手くそだから」

「上手だよ。凄い可愛いよ。あたしもこーゆーの、敷きたいよ、うちのテーブルに」

「嫁に言っときます。喜ぶだろうなぁ」


 あ、なんかタケさん照れてる。可愛い。


「色合いがいいですね。僕も作りたくなってきました」

「神崎さんが?」

「ええ、僕、何でも自分で作るのが好きなんですよ」

「へぇ~」


 お喋りしながら、タケさんの畑で採れたベビーリーフのサラダを玉葱ドレッシングで頬張る。ん~、むっちゃ美味しい。ブロッコリも畑で作ったんだって。小さいハウスがあってその中でキュウリやナスも作ってるらしい。昨日焼いたナスはハウスのやつだな。

 この茹で卵は、朝鳴いてたニワトリさんが産んだもの。ニワトリさん、ごめんね。残さずに食べるよ。ああ、そうか、ニワトリさんを育てながら卵を分けて貰うと、その大切さがわかるんだ。神崎さんはそういう子育てがしたいんだな。きっといいお父さんになるよ。

 なんて思ってた矢先に、黒いランドセルを背負ったカズ君が奥から飛び出してきたんだ。


「秀ちゃん、花ちゃん、おはよう!」

「あ、カズ君。おはよっ」

「おはようございます、師匠」

「俺、今日学校やから、秀ちゃんたちのお見送りできひんねん」

「お気になさらないでください。また淡路島に来るときはここに泊まりますから、一緒にお風呂に入りましょう」

「うん、絶対やで!」


 カズ君と神崎さんが、小っちゃい拳と大きい拳をぶつけ合ってる。


「秀ちゃん、結婚式には俺を呼ぶんやで!」

「勿論ですよ、師匠ですから」

「よっしゃ! ほんなら花ちゃんも元気でな! また来てや!」

「うん。また来るよ。行ってらっしゃい」

「ほな行って来るわ!」


 ランドセルを背負った小さいながらも頼もしい背中が、ぴょんぴょん飛び跳ねながら出て行った。


「結婚式には招待状を送らなければなりませんね。誰よりも真っ先に」

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