第151話 メデューサ降臨

 朝、何だか早い時間に目が覚めちゃったんだよ。今日は洗濯しなくていいのにね。

 ふと隣のベッドを見ると、神崎さんがお行儀よく寝てる。……んふっ、笑っちゃうよ、ホントに『気を付け』のままで寝てる。可愛いなぁ。

 そう言えば、神崎さんの寝顔なんて見た事無いな。今のうちに堪能しとこうかな。滅多に見れるシロモノじゃないし。これ、きっと誰も見た事無いんだろうな。何だか凄いラッキーな気分だよ。えへへへ。


 静かにベッドを降りて、神崎さんのベッドサイドでその寝顔を覗き込む。

 綺麗な寝顔。眠っていてもイケメンだよ。もー、ずるいよ、イケメンは何やっててもカッコいいんだから。眠っててもドキドキさせるってどーゆー事よ? あーもう、いちいち癇に障るなぁ。

 神崎さんが寝てる間に、顔にイタズラ書きしちゃおっかな? 鉄板の『額に肉の字』とかさ、『瞼に目玉』とかさ、『ほっぺにグルグル』とかさ。それでもカッコ良かったら腹立つよなー。


 この寝顔見てたら、昨夜の事思い出しちゃった。よくよく考えたら、あたし、とんでもない事しちゃったよね。この『みんなの王子様』にキスなんて、バレたら沙紀や萌乃にブチ殺されるし。きっと試験場の真ん中に首だけ出して体を埋められちゃうんだよ、それもミニショベルでさ。クレーンで吊られてそのまま放置とか。

 でももうやっちまったんだから今更何言ってもしょーがない!

 それよりは……今、もう一度キスしたいな。いずれ誰かの神崎さんになっちゃうんならさ、今だけでもあたしの神崎さんなんだから……ってちょっと、『あたしの神崎さん』て響きが、すっごいいいじゃん! きゃー、花子、何考えてんのよー! でもいいんだよ、今は新婚旅行(ごっこ)だしっ! 自分の都合のいい方に考えればいいのっ。

 彼を起こさないように、そーっと、そーっと、神崎さんに顔を近づけて、唇が触れようとしたその瞬間……。

 いきなり神崎さんがバサッと布団をはねのけて、あたしの背中にその長い腕を回したんだよ!


「きゃあ!」

「おはようございます、山田さん」

「おっ、おはよっ!」

「どうなさいました? ちゃんと最後までキスしていただけないのですか?」

「えっ! あっ、あの、その……」

「では僕からさせていただきます」


 ひえええええっ!

 彼の馬鹿力に身動き取れずに焦ったけど、何のことは無い、神崎さんてばちょっと顔を上げてあたしのほっぺたに軽くチュッてしただけなんだよ。昨日と同じかよ、この根性無しっ!


「山田さんの身体はとてもフワフワで柔らかくて気持ちいいですね。ずっとこのまま抱き締めていたい、安心します」


 地味に喧嘩売ってんのか?


「このままあなたを抱いて二度寝したいところですが、新婚生活が始まればいつでも好きな時にできますから、今はとりあえず起きることにしましょう。少々惜しい気もしますが」


 とか言ってやっと放してくれたんだ。いつまで新婚旅行ごっこやってんだか。きっとこれは京丹波に帰るまでやってんだろうな。そんな神崎さんも可愛いけど。


「あたし、顔洗ってくる……」

「行ってらっしゃい」


 爽やかな笑顔に送り出されて洗面所に来たのはいいけれど、鏡を見て鳴門海峡ダイブしたくなっちゃったよ。何なのこれ、このぶっ飛んだ頭は! 軽い天然パーマの髪はメデューサのようになって、一目見るなり石化しちゃいそうだよ。神崎さん、よくこの顔見て驚かなかったよね。

 ハァ……このメデューサとプリンス神崎じゃどうやっても釣り合わねーし。なーにが新婚旅行だよ。神崎さん、心の中では笑ってるんだろうな。


 なんて思いながらジャバジャバと顔洗ってさ、少し髪を直してから戻ったんだよ。そしたらちょうど神崎さんが着替えてるとこでさ、下は昨日のシルバーグレイのジーンズを穿いて、上はまたもや裸だったのよ。もー、それ見せないでよー、発情するでしょっ。抱きつきたくなるでしょっ。朝から何考えてんだ花子! 盛りの付いたカバみたいじゃん……ってそれ、冷静に考えるとむっちゃ危険。


「あ、すみません。タケさんのところに行ってますから、山田さんはごゆっくり着替えをなさってください」

「うん」


 神崎さん、シャツを羽織ってボタンを留めながら出て行っちゃった。今日は黒いシャツだったな。あの人、憎たらしいほど黒がよく似合うんだよ。チャコールグレイとか、ネイビーとか、そーゆー濃い色。白も似合う。淡いピンクも。そっか、極端に濃い色と薄い色が似合うんだ。……って全部じゃねーかっ。

 なんてブツブツ考えながらも、あたしはチェックのシャツワンピ着て、ジーンズをロールアップしたんだよ。

 鏡を見ながら溜息ついちゃうんだよ。ああ、やっぱり神崎さんとあたしじゃ釣り合わない。ヴィジュアルからして、まるっきりバランス悪い。だいたいあの人がカッコ良すぎなんだよ。傍から見たらイケメン俳優と動物園を脱走したカバだもん。


 でもさでもさ、着実に進んでるよね! 昨日なんてさ、手を繋ぐのもドキドキだったのにさ、恋人繋ぎに昇格してさ、更に後ろからの『あすなろ抱き』に昇格してさ、今日なんて前からぎゅーってさ。きゃあああ~。

 てか、その前にあたし昨日チューしちゃったじゃん。きゃあああ~。

 あ、ヤバい、この『きゃあああ~』ループにハマると出られなくなるんだった。


 とにかく! 神崎さんを待たせてるんだから迎えに行かなきゃ。


 で、あたしは部屋を出たわけだ。

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