第150話 ここにするもんなのよ

 それから暫くテラスでお喋りしたんだよ。いや、暫くなんてもんじゃないな、夜中までずっと喋こくってたな。

 神崎さんが珍しく『自分の家』について語るもんだからさ、そこから「ヤギとウサギを飼おう」とか「カメの池を作ろう」とか、畑で何を作るとか、どんな花を育てようかとか、子供は何人とか、新婚さんごっこして二人で盛り上がったんだよ。

 新婚さん『ごっこ』ではあったけどさ、神崎さんの理想の家庭像ってのが垣間見えたってゆーか……なんか彼って可愛いとこあるんだなって思っちゃった。


 これだけ神崎さんという人を知ってしまうと、今では逆に神崎さんに本社が似合わなく感じるよ。もうこうなって来ると東京っていう土地さえ似合わない。この人、このまま京丹波に住んじゃえばいいのにって思っちゃう。

 こんな話してたらさ、あたしも彼と一緒に田舎の山の中に住みたいなって、だんだん本気で思えて来ちゃった。神崎さんもそう思ってたらいいのにな。思う訳ないか。

 だけど今だけでもこうやって、神崎さんと一緒に将来の事なんて考えたりするのも楽しいよ。これが本当ならもっと楽しいのにな。


 なんて考えてたら、だんだん冷えてきたんだよね。流石に夜は気温が下がる。あたしがちょっと肩を竦めただけで、神崎さんて敏感に反応するんだよね。


「冷えて来ましたね。中に入りましょうか」

「うん」


 あたしが二人のカップを持って中に入ると、神崎さんがテラスの窓とカーテンを閉めてくれたんだ。……そこまでは良かった。そこまでは。

 あたしがカップをカフェテーブルに置いた瞬間、いきなり神崎さんに後ろから抱きしめられたんだよ! 予告なしだよ、突然なんだよ。フツー予告するだろ、しねーか、しねーな、してよっ!


「か、神崎さん?」

「冷えてしまったんでしょう? 僕が温めてあげますよ」

「え、あ、いや、大丈夫、ですっ」

「どうなさいました? 遠慮しなくていいんですよ。新婚ですから」

「ひぁぁぁぁ……」


 あんたわざと耳元で囁いてるだろっ! あたしが耳弱いの知ってて!


「遠慮じゃなくてっ、あたしにはお布団あるし、大丈夫」

「お布団に入りたいんですか? 積極的ですね」

「せっきょ……そーじゃなくてっ!」

「いいですよ、僕がお布団で温めてあげます」

「それも違うって!」

「照れなくてもいいですよ」

「神崎さんっ」

「フフ……冗談ですよ。山田さんは本当に可愛いですね」


 どあーーーっ! 闇の扉に封印されし有象無象の血塗られた戦士どもよ! 今こそ蘇り、我が下に集いて金色の野に降り立つべしっ! ……ってなんか途中からスタジオジブリ入ったな。


「冗談の癖にいつまでそうしてんのよ」

「いけませんか? 山田さんが可愛すぎて僕の手があなたを放すのを拒否しているんですが」

「それも冗談なんでしょ?」

「いえ、これは本当です。身体が言う事を聞きません」

「なんちゅー聞き分けの無い」

「大変です、早く離さないと……」

「何?」

「僕の口があなたの耳を食べたがってる」

「ひぇぇぇぇ……」


 それは危険だろっ! 危険すぎるだろっ! てか寧ろその後が危険だろっ!


「美味しそうですね」

「か、か、か、神崎さん?」

「フフ……ですから冗談ですって」


 つって、フツーに手を離しやがった。離すんかい! ってあたし、何、離されて怒るんかい!


「少しは温まりましたか?」

「メッチャ温まりましたっ」

「顔が赤いですよ? 温まり過ぎましたか?」

「うん、もう布団入れない」

「そうですか、残念です。侵入する予定だったんですが」

「それは残念でした」

「でももうそろそろ寝た方がいいですね、明日はお花を見に行きますよ」

「あ、そうだったね」


 って事で寝ることにしたんだよ。いつの間にこんな時間になってたんだろう。神崎さんとのお喋りが楽しくて、時間も忘れて盛り上がってたんだ。これじゃ冷える訳だよね。

 それであたしたちはなんやかんや片付けて、寝る準備したんだよ。


「山田さん、ベッドサイドの灯りを点けて貰えますか? 部屋の灯り、落としますよ」

「はあい」

「ああ、その返事……今のこのタイミングでされるのは拷問ですね」


 部屋が暗くなる。ベッドサイドの灯りだけがぼんやり光ると、いろんなものが今までと違う物に見えてくる。

 ベッドに戻ってきた神崎さんの顔も今までと違って見えて、明るい所では爽やかなイケメンだったのに、急にセクシーに見えてくるから不思議。その横顔を見てるだけですっごいドキドキしちゃう。


 あたしの視線に気づいたのか、神崎さんが視線をこっちに投げてくる。二人とも横になるでもなく、それぞれのベッドの縁に座って何となくそのままでいる。


「どうかなさいましたか?」

「……別に」

「物足りないのですか?」

「なっ、何がよ?」

「新婚旅行なのにキスの一つもしないから」

「されても困るし」

「そうですか。困りますか」

「でもさ……神崎さん言ってたじゃん。あたしがガンタに誘われた時。『男は好きでも無い女だって抱けるんですよ』って」

「ええ、そうですね」

「あたし、好きでもないどころか興味すらないかな……」


 ってちょっと待て。こんな事言ったら手ぇ出してくれって言ってるみたいじゃん!


「あっ、別に誘ってるんじゃないからっ! ただ全然魅力とか無いかなって思っただけだからっ! あの、何も無い方がいいからっ! てか、何でもない、忘れてっ!」


 う……神崎さん、表情一つ変えねーよ。


「山田さん」

「うい」

「岩田君はあなたに何もしなかったでしょう? あの日、その気になれば彼にはいくらでもあなたをモノにするチャンスはあった。でもしなかった。何故だと思います?」

「……?」

「僕はあなたに半分しか教えていませんでしたね。全部言いましょう。男は好きでも無い女だって抱けるんです。ですが大切な女性にはなかなか手が出せないものなんですよ」


 ……大切な女性?


「ですが……」


 え? 神崎さん、急に立ったよ。何? どした? ってちょっと!

 あたし、神崎さんにそっと寝かされてそのまま枕に押し付けられたんだよ。


「ですが、キスくらいは頂戴してもよろしいですか?」

「キ……」


 返事をする間もなく、神崎さんの顔が迫って来て……反射的に目を閉じたあたしの耳元で彼がそっと囁いたんだ。


「では、遠慮なく頂戴します」


 きゃあああああ~! ちょっとタンマ! 待って待って待って! うあああああ!


 チュッ。

 ……て。

 ヲイ。

 神崎。

 一般的に人はその部位を『ほっぺた』と呼ぶぞ。


「では、おやすみなさい」


 そう言って、ヤツは自分のベッドにスルッと潜り込んだんだよ。

 はあ? なんだそりゃ? こんだけあたしをバクバクさせといてそれかよっ!

 ってあんた、予告通り『気を付け』の姿勢で寝るのかよ。


 思わずあたしはベッドを降りて、神崎さんの枕元を覗き込んだんだよ。


「神崎さん、キスの仕方も知らないなら、あたしが教えてあげるから、よーっく覚えときなさい。キスってゆーのはここにするもんなのよ!」


 したったわ。こっちから。神崎さんの唇に思いっきり!

 ぶったまげた神崎さんがぱっちりと目を見開いて『んっ!』とかなんか変な声出してだけど、あたしの知ったこっちゃない。


「おやすみ、神崎さん!」


 あたしはそのまま布団に潜り込み、神崎さんに背中を向けて寝たったわ!



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