第149話 こんな家を建てて

 部屋に戻って来たあたしは、ベッドとテラスの間にあるカフェテーブルに落ち着いたんだよ。さっき、神崎さんがストールかけてたとこだよ。

 このペンション自体がカントリーハウスな趣でさ、家具なんかもみんなカントリー調なんだ。パイン材で出来たベッドやカフェテーブル、椅子、壁掛け時計とかちょっとしたチェストなんかもみんなカントリー調。ベッドカバーもパッチワークだし、カーテンも赤いギンガムチェックで可愛らしい。これはタケさんの趣味かな、奥さんの方かな。

 テラスにはたくさんのお花を寄せ植えしたハンギングポットがぶら下がってる。きっと神崎さんならお花の名前、全部わかるんだろうな。

 お部屋に備え付けてあるコーヒーカップなんかも「自分で焼いたんかい?」っていうような地味で温かみのあるデザイン。本当に自分で焼いたのかも知れないな。


「どうなさったんですか、お風呂。眠ってしまわれましたか?」


 って言いながら紅茶淹れてくれてる。ああ、やっぱり神崎さんだなぁ。


「ううん、起きてた。湯船に浸かっていろんな事考えてた」

「どんな事です?」

「え……あ、その……いろいろ。将棋とか囲碁とか」

「囲碁?」

「うん、将棋も囲碁もチェスもできないなーとか、そんなどーでもいいような事。他にもいろいろ」

「随分突拍子もない事を考えてたんですね」


 話しながら神崎さんが紅茶を運んできてテラスのテーブルに置くと、「こちらで星を見ながらお茶を飲みませんか?」ってゆーんだよ。そりゃー行きますよ。あたしはこう見えてもロマンチストなんですから。てか、まさにお風呂でそれ考えてのぼせたんだから。


 さっきのバーベキューコンロの埋まってるテーブルには、既に蓋が閉めてあって普通のテーブルみたいになってる。その上にはパッチワークのテーブルクロス。メチャクチャ可愛い。お花柄や葉っぱ柄、水玉にペイズリー。だけど色に統一感があって、雑多な感じがしない。

 その上に神崎さんはカップを仲良く隣同士に並べて、あたしに椅子を引いてくれる。あたしが座ると、神崎さんもすぐ隣に座って背もたれに寄りかかる。

 黙ったままの神崎さんが気になってチラッと彼の方を盗み見ると、何を考えてるのか、ぼんやりとカップの縁を指の背で撫でてる。


「信楽焼きか……。素朴にして大胆、力強いのに温かみがある。焼いた人の人柄が出る。タケさんの作でしょうね」

「あ、やっぱそう思う? あたしも自分で焼いたんだろうなって思った」

「いい家ですね。こういうカントリーライクなインテリアは落ち着きます。山の中にこんな家を建てられたらいいなぁ。家よりも広い庭でたくさんの花を育てて、畑も欲しいな。何を植えようか、トマトときゅうりとピーマンとナスは植えたいな。ゴーヤをグリーンカーテンにすれば日差しも防げるし、料理にも使える。バジルやタイムも植えてコンパニオンプランツとしても働いて貰おうか」


 神崎さん、あたしの存在を忘れたかのように、カップの縁を撫でながら一人でボソボソ言ってる。やっぱり神崎さんて、本当に田舎生活派なんだな。自給自足とか大好きなんだ。本社の人が聞いたら目ぇ回すよ。いつもスーツでびしっと決めて、休日もドビーシャツにカーディガン着るような男が、トマトとピーマンとゴーヤだって。


「このテーブルクロス、センスがいいな。こんな家を建てたらきっと縫いたくなってしまう。着られなくなった服を解いて、パッチワークにすればこんな風になるかな。山田さんはどうです? こんな家やこんな暮らし、どう思われます?」

「え、あたしは素敵だと思うよ。なんかホッとするもん」

「ホッと……ですか」

「うん。安心する」

「山田さんは安心感を求めるんですね。FB80車体カラーにも求めていた」

「……そうだったかな」

「僕もですよ。安心感……少し違うか。安らぎ……ですかね」

「家庭に求めてるの?」

「ええ、そうです」

「あたしも。お父さんの膝の中にいるような安心感。ステテコだけど」

「僕ではダメですか?」

「え?」

「僕ではその安心感は得られませんか?」


 え、ちょっと、どうしよう、すごいバクバクしてるんだけど。なんて答えたらいいの?


「すみません、そんなに真面目に考えなくて結構ですよ。今日は新婚旅行ですから……気分だけでも」


 もしかして。数々の問題発言って……『新婚旅行ごっこ』してるわけ?


「結婚式もしてないのに新婚旅行?」

「ご不満なら今しましょうか、結婚式」

「アハハハ、何それ~」


 あたしが笑っていると、神崎さん、自分のカバンの中から手ぬぐいを出して来たんだよ。これ、龍安寺に行った時にゲットしてきた石庭デザインの手ぬぐいじゃん。よっぽど気に入ってんだな。可愛い。笑っちゃう。

 なんて思ってたら、あたしをその場に立たせて、龍安寺手ぬぐいをあたしの頭にかけるんだよ。


「これ、ヴェールですからね」

「マジ? 石庭デザインなんですけどー」

「素晴らしいヴェールですね、世界に類を見ません」

「マジですかー」

「指輪がありませんね。これが無いとお話にならない。……あ、あれがいい」


 神崎さん、嬉々として鞄の中から何かを出してきた。


「これは指輪です。僕が指輪と言ったら指輪です」


 いや、スプリングワッシャーだよ、どう見ても……。


「さ、結婚式ですよ、山田さん。汝、病める時も、健やかなる時も、この者を愛し、支え、共に歩む事を誓いますか。はい、誓います。次は山田さんの番です。山田さんも誓って下さい」


 てか独り芝居かよ!


「はい、誓います」


 なんでやねん! 誓っちゃったよ。


「さあ、山田さん手を出して。指輪の交換です」

「だってこれスプリングワッシャーじゃん」

「はい……」


 神崎さんがあたしの手を取って、指にスプリングワッシャーをはめるんだけどさ、指が太くて入らないんだよ!


「こちらは僕の指輪でしたね。ええと、山田さんのはこちらでいいでしょうか」


 って、なんであんたスプリングワッシャーなんかいくつも持ち歩いてんだよ!


「あ、入りましたね。ちょうどいい。それでは山田さんの番ですよ。これを僕の指に」

「はい」


 ってなんであたしまで! とか思いながらも何だか面白くなって来た。


「次は誓いのキスですよ」

「えっ!?」

「なんですか、どうなさいました? 当然の流れですが」

「え、あ、いや、そうだよね、誓いのキスね、はい、そうね」


 あたしは何をしどろもどろになってるんだ。たかだかキスじゃないか。

 神崎さんが龍安寺手ぬぐいの裾をあたしの背中の方に避けて、あたしの肩に手を掛けるんだよ。どーしよ。『今からキスします宣言』をされてキスなんて、そんなのアリ?

 神崎さんが少し体を屈めて、あたしにその美し過ぎる顔を近づけて来るんだよ。もう、心臓止まりそうで目を閉じたんだけどさ、いつまで経ってもキスされないんだよ。

 あれ? って思って目を開けたら、神崎さんがニコニコしてあたしを見てるんだよ。何やってんだよコイツ!


「すみません、あんまり可愛くて見とれてしまいました。今からキスします」

「へ?」


 あたしの声がひっくり返った瞬間、神崎さんがチュッておでこにキスしたんだよ! ちょっ……そこかよ、そこなのかよー!


「結婚式しましたから、新婚旅行もアリですね」


 それ、アリなんですか? 神崎さん?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る