第148話 師匠
目が覚めたらあたし、ベッドの上に居たんだよ。部屋のダブルベッドだよ。いつの間に寝たっけか? あんなに心配したのに案外あっさり寝たもんだなぁ。
「気が付かれましたか?」
「うわっ! 神崎さん!?」
……が、覗き込んでるよ、あたしを。
「大丈夫ですか、どこか痛いところはありませんか?」
「ほえ?」
「お風呂場で倒れられたので」
「え……あたしが?」
「ええ、あのまま運ばせていただいたので、まだバスタオルのままですが」
なんと! 慌てて布団を捲ると、確かにさっき無理やり巻いたバスタオルが辛うじて引っかかってる感じだ。そうだ、あたしそう言えば、まだお風呂から出てなかったよ。
「やっ……ちょっ……恥ずかし……」
「僕はタケさんのところに行ってますから、着替えなさってください。そこにお風呂場にあった山田さんの着替えを持って来てありますから」
「う……ありがと」
神崎さん、出て行っちゃったよ。 とにかく着替えよう。パンツも穿いてないんじゃ気が気じゃない。
あ、そうか、思い出した。ドレッサーの前で座って髪を拭いてたんだ。それで急に眩暈がしたんだ。そっか、あたしきっとのぼせてぶっ倒れたんだ。長い事お風呂に入ってたもんなぁ。だって……いろいろ考えだしたらきりがなくて……ってヤバい、また同じ過ちを繰り返すところだった。
あたしはさっさと着替えると、タケさんとこに向かったんだよ。そりゃ向かうよ、きっと心配かけてる。
「あっ、花ちゃん、大丈夫?」
真っ先にカズ君がすっ飛んで来たよ。何かのアニメの柄の入ったパジャマ着てるよ。可愛いなぁもう。
「うん、大丈夫。ありがと」
「花ちゃん、これ飲んで」
タケさんが冷たい麦茶を出してくれると、カズ君があたしにまとわりついて来て無理やり椅子に座らせられちゃった。
「ありがとう。ごめんなさい、心配をお掛けして」
「いいから座れよ。びっくりしたんやで、秀ちゃんと喋ってたらお風呂の方でガタンってエライ音がしてな、秀ちゃんが『山田さん!』って急に立つし」
「カズ君に様子を見に行っていただいたんです。その……何も身に着けてらっしゃらないといけないので」
「もう、そんなこといちいち気にしてんじゃねーよ、花ちゃんの一大事かも知れへんやろがー!」
「そうですね。全く以って師匠の仰る通りです」
は? 師匠?
「でも凄かったんやで、秀ちゃん、花ちゃんをヒョイって抱っこしてさ。お父さんやったら無理やった思うで」
「ん~、お父さんはギックリ腰コースだなー」
タケ、断層に放り込まれたいか。
「まあ、あれは98点くらいあげてもええわ」
「ありがとうございます、師匠」
だから何なんだよ、その師匠ってのは。いつからカズ君は神崎さんの師匠になったのよ。てか一体何の師匠なのよ。
「花ちゃん、随分長風呂だったね。いつもあんななの?」
「いえ……いろいろぼんやり考えてたら長くなっちゃって、のぼせちゃいました」
「言ったでしょ、のんびり呑気にねって」
「うん」
「何も考えなくていいんだよ、花ちゃんは。ね、神崎さん?」
「ええ、そうですね。僕に任せておけばいいんですよ」
そこに問題ありそうな気がしたからいろいろ考えちゃってんじゃないのよ、あんたの問題発言が多いからでしょーがっ!
「ほらカズ、お前宿題終わってないんだろ? さっさと終わらせろ」
「あ、じゃああたしたち、部屋に戻りますね。ごめんなさい、お邪魔して」
「えー! 秀ちゃん、もうちょっと話そうや~!」
「お前は宿題! 神崎さんはお前と遊ぶために来たんじゃないんだぞ」
「わかってるよ、だからこそ、花ちゃんと部屋に戻る前に俺が必殺技を教えよう思っとるんやんかー、あいたたたたた何すんねん」
タケさん、カズ君にこめかみグリグリ攻撃してる。
「すいません、もうホントにお邪魔ばっかりして。折角のご旅行なのに」
「いえ、カズ師匠にはいろいろな技を伝授していただきましたから。では師匠、僕たちは戻りますので、漢字練習帳の続きをなさってください。あ、『魚』という字の下の点々は四つですからね。全部五つずつ書いてありましたよ。ではおやすみなさい」
慌てて漢字練習帳を開いて確認するカズ君を尻目に、あたしたちはタケさんに挨拶して部屋に戻った。
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