第145話 いえ、僕にです

 それからあたしたちはテラスで夕食を取ったんだよ。淡路牛とタケさんが自分の畑で作った野菜、大量の玉葱サラダ。やっぱり淡路島って言ったら玉葱だもんね!

 「先週もバーベキューだったね」って笑ってたらタケさんが恐縮しまくってたけど、中身が全然違うもん。当然だけどあたしたちのに淡路牛は無いし、全部綺麗に下拵えなんかして無かったもんね。


「すいませんね~、もっと手の込んだ物作りたいんですけど、何しろ手が足りなくって。それでお客さんに自分で料理して貰っちゃうんですよ」

「それでバーベキューとは上手い事考えましたねー。でもあたし、こういうの大好きですよ。テラスで夕食なんて素敵じゃないですかぁ。彼もアウトドア派なんですよー」

「そう言っていただけると助かります。私は『のんびり呑気』を地で行ってるもんで」


 なんて言いながら、何種類ものソースを持って来てくれるんだよ。全部タケさんが作ったんだって、凄いよね。料理も畑も動物の世話も玄関前の花壇も全部やってんだから。どこがのんびり呑気なんだか。


「あとでデザートのアイスクリームお持ちしますね。今日はお客さん他にいらっしゃらないんでおかわり食べ放題ですよ」

「えっ、ほんと?」

「冷凍庫ごと食べますか?」

「あははは、そうする~」

「じゃ、後で冷凍庫お持ちしますね~」


 って笑いながらタケさん行っちゃった。面白い人~!

 で、またあたしたちは二人きりになったんだよ。外はまだ薄明るくてさ、だけどテラスの壁になってるラティスの柱には四隅とその間に灯りが点いてて、テーブルにも灯りがあるからそこそこ明るいんだ。これ、通りがかりの人からは丸見え状態なんだけど、このペンション自体が引っ込んだとこにあるから誰も通らない。


「乾杯しましょう。折角ロゼを準備していただいたんですから」

「うんうん!」


 すぐ側に置いたワゴンにはバケツみたいなワインクーラーに白とロゼ。グラスを合わせる音の後ろでヤギがメエエエエエって鳴いてる。あああ、のんびり呑気だ。


「山田さんは本当にピンクがよく似合いますね。そのワインも」

「えへへ、ありがと。神崎さんもその紫、よく似合ってるよ。紺も黒もグレーも深緑もみんな似合う。てかずるいよ、神崎さん何着ても、何やってもカッコいいんだもん。あたし神崎さんの引き立て役じゃん」

「冗談はやめて下さい。僕は山田さんの陰で山田さんを支えますよ」

「重いよ?」

「お姫様抱っこ、忘れましたか?」

「ちょっと、やだ、思い出させないでよー」

「なんでです? 可愛かったですよ。酔っぱらって」

「酷い二日酔いだったじゃん」

「飲んでた当日は最後の方、自分で何言ってたか覚えてないでしょう?」


 はっ! そう言えば、その翌日の酷い二日酔いですっかり忘れてたけど、あたし飲んでる時一体何喋ってたんだろう!


「ね、あたし……何言ってた?」


 神崎さん、フフって笑ってお肉裏返してる。ちょっとー、なんなのよー。


「神崎さん愛してる、って仰ってましたよ」

「ひゃあ! 嘘でしょー!」

「はい、嘘です」


 コイツ……。鳴門海峡の泡となれ!


「本当は『いい国つくろう室町幕府』とか『鳴くよウグイス平城京』とか言ってましたね」

「……なんだそれ」

「僕が『それは鎌倉幕府と平安京ですよ』って言いましたら『あたしは数学が苦手だったんだよ!』って」

「意味不明だな」

「あなたが仰ったんですよ」

「マジかい」

「僕が『結婚してください』と言いましたら『いいよ』とも仰いましたね。それで新婚旅行に来たわけですが」


 ここでそのネタもう一度振って来るかよー。


「てか、酔っぱらい相手に何おちょくってんのよー」

「山田さんの反応が可愛らしくてつい……」

「もー!」

「それで今日も山田さんを酔わせようかと企んでる訳なんです」

「あたしを酔わせるんかい」

「ええ」

「ワインに?」

「いえ、僕にです」

「は?」


 神崎さんらしからぬジョークをぶっかました彼は、涼しい顔でグラスを干しやがったのさっ! この人ってこんなキャラだっけ?



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