第146話 のんびり呑気にね
ご飯も食べたしお風呂だよ。二人で一緒に部屋を出て、タケさんとこに行ったんだよ。
さっきの玄関入ったところにダイニングテーブルのデカいのがあってさ、そこに椅子が8つくらいあって勝手にそこでテレビ見たりウダウダできるよーになってんの。半分くらいウレタンマット敷いてあって、赤ちゃん遊ばせるようなスペースになってて、ウレタン素材の大きな積み木とかSL型の手押し車とかあんの。ほんとファミリー向けのペンションなんだなって感じ。
そこのテーブルのとこでカズ君が何か書いてるんだよ。カウンターの奥ではタケさんが何か仕事してるのが見えんの。
「あっ、秀ちゃん、花ちゃん、お風呂?」
「はい、案内していただけますか?」
「おっけー!」
カズ君がポイッと鉛筆を放り出すと、書いてた本がパタンと閉じて、表紙に『かん字れんしゅうちょう』って書いてあるのが見えるんだよ。宿題してたのかな。
「こら、カズ! お客様に『おっけー』じゃないだろ!」
「いいんですよ。僕たちはカズ君・秀ちゃんの仲ですから」
いつからそんな仲になったんだよ、あんた!
「すいません、この親にしてこの子ありで……」
「しっかりした働き者ですよ。お父さんに似たんです」
「早く来いよ、花ちゃんは来ねーの?」
「一緒に入るんじゃないからっ!」
「ねー、お父さん、俺、秀ちゃんと一緒にお風呂入ってもいい?」
「バカ! 何考えてんだお前」
慌てたタケさんがカウンターから出て来たよ。ああ~、絵に描いたようなフツーのおじさんだ。ちょっと貧弱そうな感じする。でも眼鏡の奥に優しそうな瞳。
「すいません、よっぽど気に入っちゃったみたいで、さっきから秀ちゃん秀ちゃんってずっと言ってるんですよ。ほんとすいません」
「いえ、良かったらカズ君とお風呂ご一緒したいんですが」
なんですとおおおお!
「よっしゃ! お父さんいいでしょ? 秀ちゃんがこう言ってるんだからさー」
「それじゃあまりにもご迷惑じゃ……」
「僕がカズ君と一緒に入りたいんです。ダメですか?」
「ダメなんてとんでもない。じゃあ、申し訳ないですけどお願いします。お前、神崎さんに変な事言うんじゃないぞ」
「大丈夫だって! じゃ、この俺様が秀ちゃんに女の落とし方指南してやるぜ」
「それは楽しみですね。じゃ、行きましょうか」
「おう!」
二人仲良くお風呂行っちゃったよ。なんなのよー?
あたしが呆気にとられてたら、タケさんがニコニコして声をかけてくれたの。
「山田さんでしたっけ。コーヒー如何です?」
「はい、いただきます! タケさんも花ちゃんって呼んでください。カズ君にもそう呼ばれてるし」
「じゃ、そうさせて貰いますね。花ちゃん、ミルクと砂糖は?」
「ミルクだけ」
「はい、かしこまりました」
カウンターの中からコーヒーのいい香りがしてくる。
「タケさんて、すっごい癒し系。奥さん幸せですねー」
「いやぁ、私があんまりのんびり呑気なもんだから、呆れられてますよ。でも手前味噌ですけどね、父親が呑気だと子供がしっかりするみたいでね。生意気なのが玉に瑕だけど」
トレイにコーヒーとミルクを乗せて、タケさんが運んできてくれる。淡いグレーのTシャツにジーンズ履いて、明るい緑色のエプロンつけてる。
「彼氏、男前ですねぇ。モデルさんか俳優さんかと思っちゃった」
「ただの設計屋さんですよ。……ってか、彼氏じゃないし」
「え? 彼氏じゃないの? てっきり彼氏かと思った」
「同居人です。ルームシェアしてるんですよ。GW暇だし、一緒に出掛ける? みたいな軽いノリ。どーせルームシェアしてるんだし、泊まるとこ一緒の部屋でいいよねーって」
「あの彼そんなこと言うの?」
「まさか。彼はバカが付くほど堅物だから『年頃の独身男女がそのような!』ってすっごい反対したんだけど、あたしがほら、こんなヴィジュアルだし、間違いの起こりようがないでしょ、って思って『一緒でいいじゃん』って……あたしが言ったんだけど……」
「へえ~。……その割に、なんか心配してるみたいだね。どうしたの?」
あ、やべー。タケさん、なんか話しやすいよ。癒し系な上に大人だよ。甘えちゃいそうになるよ。てか、知らない人の方が後腐れ無いか。相談しちゃおっかな。
あたしの顔見て、一度カウンターに戻ったタケさんが自分のコーヒー持ってまた出て来たよ。あたしの正面に座っちゃって、聞く気満々だよ。
「うん、あのね、お出かけしようって決めて、ここも予約してから気付いちゃったんだけどね。どうもね、あたし、彼の事好きかもしんないの」
「うん、そうだね、花ちゃん、彼の事好きだよねー」
「え? なんで? わかりますかぁ?」
「そりゃーわかるよ。『愛の伝道師』タケだからね~」
「何それー、あははは」
風貌と台詞がぜんっぜん合ってない。『愛の伝道師』と言うよりは『淡路の三文文士』って感じだよ。なんかこの人、安心する~、癒される~。
と思ったらいきなりタケさんが人差し指を立てて真面目な顔をしたんだ。眼鏡の奥の真っ黒な瞳がキラリと光る。
「ここでタケの推理。花ちゃんはだいぶ前から彼の事が好きだった。だけど自分で気づいてなかった。そしてここに来るちょっと前に気付いちゃった。彼の気持ちはわからない。知りたい気もするけど知りたくない気もする。ああ~、今日は寝室が一緒だわ~どうしましょう? でもこのヴィジュアルなら大丈夫よね、問題は起きないわ。だけどちょっとくらいドキドキさせてよ~、キスくらいならいいわよ~。花子、絶賛期待中! ……ってか?」
「きゃあ~~~! やめてくださいよ~~~! 当たりすぎですってば~!」
「あっはははは、ごめんごめん。『名探偵タケ』って呼んでくれる?」
「もー、タケさんてばー!」
「可愛いなぁ、花ちゃん。これじゃあ彼もメロメロだよなぁ」
って言ってタケさん、椅子の背もたれに寄りかかって頭の後ろで手を組んじゃう。なんなんだ、この癒しオーラは!
「メロメロなわけないじゃないですか。彼、きっと城代主任を狙ってるんです。バツイチで、すっごい美人で、メチャクチャ仕事ができて、神崎さんと趣味もバッチリ合ってて、なんてゆーの、才色兼備なんですよ」
「ふ~ん、そりゃー『強敵現る』だねぇ。そんで彼がそのナントカ主任の事好きだって言ってたの?」
「ううん、言ってないけど。でも二人すごい雰囲気いいし。割り込めない感じなんですよ~」
「でもなぁ……その才色兼備さん、彼のタイプじゃないような気がするなぁ」
「そうですかぁ?」
「うん、だって彼、ちょっと話した感じでは凄い切れ者に見えたけど?」
「勿論ですよー、あんな隙の無い人見た事無いもん。あんなできる人があたしなんか相手にする訳ないし。城代主任みたいな人でないと釣り合わないんだよなー。わかってはいるんですけどね……。あー、なんか凹むわー」
コーヒー飲みながらニコニコとあたしの話を聞いてくれてた『愛の遣唐使』タケさんが、思い出したようにあたしを指さしてきた。
「ね、そのイヤリングさ、彼のクルマのキーホルダーとお揃いだって?」
「え? そうですけど。なんで知ってるの?」
「カズがそう言ってたから。アイツそーゆーとこのチェック厳しくて」
「鋭いですね、カズ君」
そしたらタケさん、急に身を乗り出して来て小声で言うんだよ。
「それ、花ちゃんの手作り?」
「ううん、神崎さんが作ってくれたんです。一緒に天橋立に行った時に拾った貝殻なの。記念に何か作ろうって言ってくれて」
タケさん、一瞬ぽかんとして目が点になってたけど、急に笑い出したんだよ。
「あっはははは、マジで? なんちゅーニブチン。そこまでされても気づかないかぁ。こりゃ神崎さんも大変だな」
「何がですかぁ?」
「いやいや、気にしないで。なーるほどね。こりゃ傑作だ。うん、わかった、花ちゃんは成り行きに任せてのんびり呑気にしていればいいよ。それですべて上手く行くから」
「え~? どういう事?」
「彼に任せておけばいいって事だよ。のんびり呑気にね」
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