第142話 冗談では無くて
あたしがマジ嬉しい勘違いしそうになった神崎さんの意味深台詞の後、予告通り彼はあたしを世界中に連れてってくれたのよ。全部小っちゃかったけどさ。
まず最初に行ったのがパリ。「ナポレオンの戦勝を記念して建てられた凱旋門ですよ。パリにはカルーゼル門、サン・ドニ門、サン・マルタン門など数多くの門があるんです」なんてな神崎さんのガイドを聞きながら門をくぐろうと思ったんだけど、小さな子供なら普通に立って歩けるくらい、大人でもしゃがめば通過できるくらいのその門は、あたしにはかなり難易度が高かったわけよ、幅が!
次に行ったのがロシアのサンクトペテルブルグ。こんな宮殿があった事すら知らなかったんだけどさ。例に漏れず神崎さんがガイドしてくれるんだよ。
「ここはピョートル大帝の宮殿ですね。この宮殿からおよそ2Km離れた水源から水を引いてるんです。すぐ近くの小高い丘まで水を引いてきて、そこから位置エネルギーのみを利用して噴水を作動させてるんですよ」
「位置エネルギー?」
「高低差のエネルギーです。16mのフリーフォール」
「へー!」
なんて具合にね。
だけど、その間もずっと手は繋いだままでさ。それも、さも当たり前のように恋人繋ぎにしてさ。
ほら……恋人繋ぎってさ、こう、クロスするようになってさ、腕まで密着するじゃん。なんてゆーかくっつき感ハンパ無いじゃん。だからさ、あれだ。まあ、凄く照れるんだよ。でも彼は全然そんなこと気にしてなくてさ。
てゆーか、寧ろ偶に一度手を広げてしっかり握り直したりとかしちゃってさ、その度にあたしはドキッとかしちゃったりするんだよ。もう、何なんだよー。
その後もさ、『神崎ガイド』付きでスペイン・セゴビアのアルカサル、フランスのノートルダム寺院と回ったんだよ。フランスはさっき出たじゃん、なんでスペインの先にまたフランスなんだよ? なんてツッコみながらさ。
でしかもその先には中国だよ。万里の長城だよ。なんかちょっとした山みたいになっててさその稜線に沿って作ってるんだよ。その為にこの山作ったんかい。
しかも小ーっちゃい人形がそこを歩いてるんだよ大勢。いろんなのが居てさ、偶に転んでるのも居たりしてさ。いちいち芸が細かいんだよ。
更に進んで、スイス・シヨン城前では「この湖には人魚が居たらしいんですよ」とか、クライストチャーチ大聖堂の前では「ここはニュージーランドの地震で、もう壊れてしまってるんですよ。今は日本人デザイナーによる紙でできた大聖堂が建ってるんです」とか、タイのワット・アルン前では「正式名称はワット・アルンラーチャワラーラームと言うんです。アルンと言うのはヒンドゥー教の暁神アルーナから取った名前なんですよ」とか、あんたはガイドさんかいってツッコみたくなるほどいろんな事知ってんだよ。そんで「なんでそんなに詳しいの?」って聞けば「偶々ですよ」なんだよ。偶々が多いんだよ。
そんな感じで世界中(?)を回ってさ、童話の森を巡るSLにも乗ったしさ、それから、お船にも乗ったしさ、そうそう、ゴーカートに乗ったらあたしが派手にあちこちぶつけるもんだから、神崎さんに「僕が今まで体験した中で最もワイルドなドライバーですね」なんて言われちゃうしさ。
で、今は観覧車に乗ってんだよ。なんかさ、観覧車ってヤバいよ。二人っきり感満載だよ。そりゃさ、いつも二人で同じ家に住んでんだから、いつも二人っきりだよ。だけどさ、観覧車って狭いんだよ。こーんな狭いゴンドラの中に二人だよ? 家の中だってこんな狭い空間、お風呂とトイレくらいだよ? お風呂一緒に入らんし。トイレなんかもっと入らんし! てか物理的に入れんし!
なんか、何話していいかわかんないんだよ。今までならフツーにいろいろ話せたと思うんだよ、だけど、なんつーか、いろいろ意識しちゃうんだよ!
何、なんかあたし『恋する乙女』入ってない? ちょっと可愛いよヲイ。ってセルフツッコミでも入れてないと変に緊張して落ち着かないよ。
しかも! この男はそーゆービミョーな反応を見逃さないんだよ。
「どうされました? お疲れですか?」
「え、なんで?」
「口数が少ないな、と。シースルーでなければ高所は大丈夫だった筈なので」
「あ……別に、眺めてただけだから。疲れてないよ、全然」
「そうですか」
「ねえ、神崎さんは何考えてたの?」
そしたらさ、神崎さん悪戯っぽい顔して片方だけ口角上げるんだよ。
「僕ですか。新婚旅行みたいだなと」
「しっ、新婚……」
「こんな風にいろいろな観光名所を巡って。そんな感じしませんか?」
「え、あ、まあ、そう、だよね」
「今夜は寝室も一緒ですしね」
「ひゃっ! ……そ、そう、だっ……たね」
「どうされました? 山田さんが一緒の寝室を提案されたんですよ? 急に嫌になりましたか?」
「ベっ、別に、そんな事は決してないよ!」
「そうですか。それなら安心です。部屋を叩き出されたらどうしようかと思いました」
「そんなことするわけないじゃん」
「そうでしょうか? その場に来たらわかりませんよ。僕だってその場に来たら何をしでかすかわかりませんからね」
って涼しい顔で言うなーーー!
「はい? 何と仰いましたかね?」
「僕もこう見えて一応オトコですので」
「いや、女には見えないけど。てかオカマにも見えないし」
「では了承済みですね」
「……事と次第によっては叩き出すかもしんない」
「新婚旅行なのに?」
「誰がよっ!」
「僕たちがですよ」
「冗談でしょ!」
「ええ、勿論冗談です」
悪い冗談言うなーーー!
あたしが二の句が継げなくて口をパクパクさせてたら、神崎さんてばクスッと笑ってずれたストールを直してるんだよ。そしたらさ、その拍子にシャツの襟元が少し開いてさ、彼の鎖骨が見えたりしたんだよ。
やめよーよ! あんたいつもきちんとしたカッコしてるから、たまーにそうやって鎖骨とか喉仏とか見せつけられるとメチャクチャバクバクするやんかー! てか、あんたむっちゃセクシーやんかー! 誘惑してんのかー!
「可愛いですね、山田さんは」
「いちいち癇に障るね、神崎さんは!」
「あ、もしかして怒ってますか?」
「気にしてないもん!」
「癇に障るんでしょう?」
「むううう……」
「拗ねた顔も可愛いですよ」
コイツわざとあたしをおちょくってるし。そーやって涼しげな眼でいけしゃあしゃあと。
そんで窓の外に視線を移して小声で言ったんだ。
「いつか本当に行きましょう。冗談では無くて」
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