第139話 ずっと

 朝。今日は「あたしの為ですか?」ってくらい良く晴れた。あたしは数少ないワードローブからまたもや天橋立行った時のお花カットワークのピンクのチュニックを着て、例のイヤリングを付けて鏡の前でニヤついてた。

 29歳にもなってその髪型ってどーよ? って思われるかも知れないけどさ、あたしの天パの髪は二つに結ぶのが一番似合うのよ。でもそーするとイヤリングが似合わないのよ。どーすんのよ。って事で、今日は珍しく髪を下ろしてみた。うん、これならアリだ。

 小型のボストンにはパジャマ代わりのスウェットと、明日の為にシャツワンピが入ってる。とにかく今のあたしに最も大切なのは、このイヤリングに合う服をチョイスする事なんだから。

 でそこで気づいた。このイヤリング、あたしの持ってる服ならどれでも似合いそう。つまり、あたしの持ってる服全部に合うように、神崎さんが作ってくれたって事だよね。このローズクオーツっていう石が、それを可能にしてるって事だよね。それってある意味凄い。

 なんて思ってたら、部屋の外で神崎さんの声がする。


「山田さん、そろそろ行きましょうか。距離があるので早めに出ましょう」

「はあい!」

「……その返事は反則です」

「え?」


 ドアの外でなんかまたゴニョゴニョ言ってるのが聞こえる。最近多いぞ?

 暫くして荷物を持って下に降りたら、神崎さんが戸締りをしてるところだった。


「丁度良かったですよ。荷物はそれだけですか? もう積んでもよろしいですか?」

「うん、自分で積むよ」

「山田さん」

「ん?」

「今日も可愛いですよ」

「もー、またそーゆー事言うし!」

「照れた顔も可愛いです」

「だからー! もう、知らんし!」

「拗ねた顔も可愛いです」

「ちょっとぉ!」


 って神崎さんの胸元バンバン叩いたら、神崎さんてばわざとらしく咳込んで、ヨロヨロするんだよ。あんなに毎日筋トレしてる奴が何やってんだか。

 なんか。なんかさー。あたしたち、こんな事してたら、ホントの恋人同士みたいじゃん。やっだ、メッチャ照れる。つーか、そーやって盛り上がってんのが自分だけだって言う事実にビミョーに凹むけど。

 神崎さん、そんな事考えないんだろうな。あたしと同い年の妹さんがいるって言ってたし、妹とじゃれてるような感覚なんだろうな。こっちは恋人同士みたいじゃん、とかって盛り上がってるのに。


 それからクルマ乗ってずっとドライブだよ。神崎さんとドライブは楽しいんだよね、東京からこっちに引っ越して来た日が嘘みたい。

 あの日、駅までの会話さえ楽しめない奴なんかいって思ったよね。それで京丹波まで行くって聞いて、コイツとそんな遠くまで行くのかー! って、悲観的になってたよね。夜はホテルの神崎さんの部屋でロールケーキ食べて。もう何年も前の事みたいだよ。


「どうかなさいましたか」

「ほえ?」

「一人で笑ってらしたので」

「ああ……引っ越して来た日の事思い出したの。あん時さー、こんなつまんない男と京丹波まで一緒に行くなんて耐えらんない、って本気で思ったもん」

「そうでしょうね、僕は本当につまらない男なので」

「でも、今は一緒に居て安心するよ。神崎さん居ないと不安なくらい」

「僕は山田さんの姿が見えないと心配になりますよ」

「なんか家族っぽいよねー」

「家族……そうですね」


 シフトレバーを握る神崎さんの左手。大好き。大きくて細長くて。

 あたしの手を握ってくれた手。あたしの肩を抱いてくれた手。あたしの頭をポンポンしてくれた手。

 もう大好き。この手でこのイヤリング作ってくれたんだよね。


「ねえ、なんでこの石にしたの? ローズクオーツ」

「ああ……それですか。山田さんのお持ちの服に恐らく似合うだろうと」

「何でわかったの?」

「簡単ですよ。山田さんはパーソナルカラーがspringだからですよ」

「頭が万年春状態ってこと? 否定はしないけど」

「違いますよ。パーソナルカラーと言うのは、その人の髪や目の色、肌や唇の色からカラーパターンを4つの大きな分類に分けて、それぞれに似合う色の傾向を見極める手法の事を言うんです。その4つのパターンを季節になぞらえて名づけているんですよ」

「で、あたしが春なの?」

「そう。springは可愛い系、summerは上品美人系、autumnはシックな大人系、winterはクールビューティ系ですね。山田さんはピンクからオレンジ、コーラル系なんですよ。だからピンクトルマリンよりはローズクオーツ。恐らく山田さんの服もそれに近い色が多いと思います。同じ緑でも山田さんは黄緑、僕はターコイズやパイングリーンですね」


 そう言えば神崎さん昨日のTシャツ、パイングリーンだった。


「神崎さんの季節は何?」

「winterですよ。だからウルトラマリンやヴァイオレット、クールピンクやモノトーンが多いんです」


 そっか、クールビューティ―ね。神崎さんそんな感じだもんね。

 今日の彼は一昨日のダークパープルのシャツだよ。ほんとこの色似合う。そうだよね、カラーコーディネイターが自分でコーディネイト考えてんだから。コーディネイトはこーでねえと、って感じだよね。ああ、我ながら地味にスベった。立ち直れねー。


「山田さんのコーディネイトは僕が考えてあげますよ。これから、ずっと」

「うん。ありがと」


 ……え? これから、ずっと?

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