第137話 同時進行

 今日のお昼ご飯は、何故か神崎さんが「作り方をよくご覧になっていただきたい」ってゆーから見てる事にしたのよ。何を作るのか知らんけど。

 それで神崎さんはいつものようにエプロンしながらキッチンに入ってくのよ。


「ねー、何作るの?」

「サラダとハンバーグとスープです」

「う……」

「東京に帰る前にテストします。それを以って卒業としましょう」

「卒業って、何を卒業するの?」

「僕をです」

「え……」


 なんで? なんで神崎さんを卒業しなきゃなんないの?


「向こうに戻ったら、あなたにはご飯を作ってくれる人は居ません。それにあなたが想いを寄せる男性があなたに手料理を作って欲しいと言ったときに、過去と同じ過ちを繰り返してはいけない。テストの日はあなたが決めて下さい。今日は僕があなたに伝授する日です」


 だから、その『想いを寄せる男性』っつーのがあんただっつーの! もう、わかってねーな! このニブチン!


「大丈夫です。特別な作り方はしません。一番ポピュラーで簡単な作り方を教えます。失敗できないくらい簡単ですから」

「うん……」

「まずは何をしなければならないのかを洗い出します。その上で優先順位をつけて作業手順を決めます。思いつきでやっていたのでは美味しく食べられないんです」

「はーい……」

「元気がないですね。ですが今日は逃がしませんよ。関係無い事のように思われるかも知れませんが、仕事のできる人間はみんなこれをやっている。恐らく浅井さんもこう言った手順ノートをお持ちだと思います」

「へ? 浅井さん?」

「ええ、彼は徹底して2.5枚目を演じていらっしゃいますが、とても仕事のできる方です。彼になら城代主任をお任せできます」


 やっぱり……城代主任の事が心配だったんだ。


「ではまず作業項目と手順の確認です。ここに箇条書きにした紙があります。僕はいちいち説明しません。あなたはこの紙を見ながら、僕が今どの料理のどの部分をやっているのか、自分で確認してください」


 って手渡された紙には、几帳面な神崎さんらしい丁寧な字で、とても短い言葉が並んでた。


[ハンバーグ]

1.みじん切り

2.炒める

3.パンを浸す

4.肉を練る

5.材料を混ぜる

6.形成して空気を抜く

7.表面を焼く

8.ソースを入れて火を通す

9.添え物を作る

10.盛り付ける


[スープ]

1.野菜を炒める

2.水とコンソメを入れる


[サラダ]

1.切る

2.ドレッシングを作る


「これだけ?」

「それだけです。難しくありません。では始めます」


 っていきなり神崎さん、玉葱の皮を剥き始めたんだよ。これはどれだろう? ハンバーグかな?

 かと思えば今度は人参。半分に切って片方は片付けちゃって、手元に残した方は皮だけ剥いてる。さっきの玉葱と一緒にザルに入れちゃった。何に使うの?


 おっと? 今度はフライパンにサラダ油を少し入れて火をつけたぞ? 何すんだ? 弱火にして……いきなり玉葱を半分にして、半分だけみじん切りにしちゃったよ、凄い速さだよ。それをフライパンに投入。人参も3分の1残してみじん切りにして投入。これはハンバーグの最初二つだ。みじん切りにして炒める!


 てゆーか! ちょっと、速いよ! 何この速さ。流れるような動作! 見てるあたしが追い付いてないじゃん。


 今度はフライパンを放置してキュウリとレタスを洗ってる。サラダだ。レタスはさっとキッチンペーパーで水分を取って、一口大に手で千切ってる。そこでまたフライパンの中身をかき混ぜて、今度はキュウリと人参を手早く切ってる。

 すべてが一瞬の滞りも無く進んで行く。包丁捌きも滑らかで、全く動作に迷いが無い。美しいって言葉が似合う。

 レタスとキュウリと人参をザックリ混ぜて、そのままサラダボウルに盛り付けた神崎さんは、それに軽くラップをかけて冷蔵庫に入れてしまった。サラダ終わりか? 早えええええ!


 かと思えば、フライパンの火を消して、炒めた玉葱と人参をお皿に移して濡れ布巾の上で冷ましてるんだよ。


「濡れ布巾の上ですと冷めるのが早くなります」


 おっと今度は小さい鍋が出て来たよ。ベーコンをスライスして鍋に入れてる。ベーコンから脂がジュワって出てくるよ。半分にされたさっきの玉葱を更に半分にし、薄いくし切りにしてベーコンの鍋に投入。そこに洗ったプチトマトも投入してベーコンの脂だけで炒めてる。

 火が通ったところで水! これはスープだったんだ。


 と、今度はボウルに牛乳を入れて、そこに食パンを千切って入れ始めた。何これ、ハンバーグの3番だ。

 ここで冷ましてるみじん切り野菜の下に敷いてある濡れ布巾を水洗いして、熱を取ってる。細かい事だけど、こう言う一手間で違いが出るんだろうな。

 おっ、別のボウルにひき肉が入ったよ。練ってる練ってる。凄い慣れた手つきだよ。


 ここで一旦手を洗って、今度はパプリカとズッキーニだよ。パプリカは半分に割っただけ、ズッキーニも半分に切った後、縦に3枚にスライスしてる。これを……えええ? 魚用のグリルに入れるの? って言ってる間に焼きはじめちゃった。これは一体何になるの?


 迷ってる暇はない。神崎さんはどんどん進む。今度は密封容器にワインビネガーとオリーブオイルと醤油を入れて、そこにさっきの残りの玉葱をみじん切りにしてがばっと入れ、蓋をしてがーーーっと振り始めたんだよ。こ・れ・は・ドレッシングだー! で、これも冷蔵庫行き。


 ちょっと……マジで全部同時進行でやるんだ、この人。凄いよ、どんな脳の構造してんだ?

 下がって来たTシャツの袖をササッとたくし上げて、炒めた野菜の冷め具合を確認すると、今度は挽肉の中に卵とさっきのパン、それに覚ましたみじん切り野菜を投入し、塩とナツメグを振ってよく混ぜ合わせてる。ハンバーグの5番だ。

 これを二つに分けて軽く形成し……そこまではわかるんだけど、何始めんだよ? 何か知らんけど、形成したハンバーグを右手と左手の間で軽く投げてるんだよ。キャッチボールならぬキャッチミートだよ。


「これは空気を抜いてるんです。これをやっておかないと、焼いた時に崩れやすくなります」

「へー!」


 空気を抜いたタネを再び小判形に形成して、真ん中を凹ませた彼は、それをフライパンに並べて焼き始めたんだよ。


「最初は強火で裏表共に表面を焼きます。こうする事で美味しい肉汁が外に流出する事が防げます。真ん中は火が通りにくいので、こうやって少し凹ませておくんですよ」


 なんて言いながら、沸騰したさっきのスープっぽいものにコンソメを入れてる。そしてまた、ドレッシングを良く振ってる。


「中心部を焼きますよ。ここで弱火にするんです。あなたはここで失敗している筈です。よく見ておいて」


 神崎さんは両面焼き色の付いたハンバーグの周りに赤ワインと中濃ソースとケチャップを入れて、トマトを1個手早くざく切りにすると半分だけその中に入れて蓋を閉めちゃった。


「こうやって弱火にして蓋をするんですよ。蒸気で蒸し焼きのようになる。それで芯まで火が通ります。今回は一番簡単なソースをいっぺんに作っちゃってますからラクチンですよ。こうしている間にテーブルセッティングをします」


 テーブルセッティング? そんなのも手順に組み込まれてるの?

 神崎さんは当たり前のようにナイフとフォークとスプーンを出してくると、テーブルに並べたんだよ。それで「そろそろかな」とか言いながら、魚焼きグリルの中を覗いてるの。そんなもん、あたしはもう忘れてたよ。まさかこれは9番の添え物?

 ってヲイ、洗い物も同時進行でやってるよ、この人! なんちゅー手際の良さ!


 お皿を二枚並べた神崎さん、グリルから出したズッキーニとパプリカを並べ、真ん中にハンバーグを盛り付けて上からソースをジュワーっとかけるの。美味しそう! そこに生クリームを少し垂らして、もう、レストランで食べるハンバーグみたいなの! あああ、唾液腺フル稼働!

 かと思えば、出来上がったらしいスープをスープ皿によそってドライパセリなんか振ったりして、どんどんテーブルに運んでくる。


「山田さん、お茶とグラスだけ準備していただけますか?」

「はい」


 そうしている間に彼はサラダを冷蔵庫から出し、ハンバーグのソースを作る時に半分残してたトマトのざく切りを上に盛り付け、ドレッシングをかけ、空いた鍋やフライパンをササッと洗って、涼しい顔で食卓に着いたのよ。


「さあ、いただきましょうか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る