第136話 何を訳の分からんことを
今日はさ、明日の小旅行に向けて朝からワクワクで準備してるんだよ。
えへへへ……神崎さんと一緒に淡路島~。何だか嬉しくってニヤニヤしちゃう。だけどその反面、ちょっとドキドキ。だってさー、今考えるととんでもない事を提案しちゃってんじゃん、あたし。
ペンションだよ? ツインだよ? 数日前までダブルとツインの区別も付いて無かったけどさ。寝室一緒だよ?
全然意識してなかった時は「一緒の部屋でいいじゃん」なんて安易に思ってたけどさ、なんか神崎さんの事意識しちゃってからは「ひょえー! 一緒の部屋で寝るとですかー! 花子寝れるとですかー!」な感じでさ。今頃になって大後悔しちゃってるつーかさ。
すぐ隣で神崎さんが寝てるのに、あたし寝れんのか? てか逆にグーグー寝てて、物凄く寝相が悪かったとか、鼾かいてたとか、歯ぎしりしてたとか、そんなこと言われたらどーしよう。あたし自分の寝相ってわかんないんだよね。
てかっ!
神崎さんがあたしに欲情してキャー……なんてことは無いな、そーゆーヴィジュアルじゃないしな。そういう意味ではあたしのヴィジュアルはかなり安全だ。てか寧ろ眠れる森の花子を秀一王子のキスで起こして欲しい的な……うあああああ、何考えてんだぁ! そんなんしたら萌え死んでしまおーが!
つーかその前にあたしが神崎さんに発情する方が有り得る。あんな美しいカラダのイケメンが横に寝てんだぞ。襲うしかないだろう。グヘヘヘヘ……って何考えてんだ。
いかん。さっきからしょーもない妄想ばっかりして準備が進まん。ちょっとコーヒーでも飲んで来よう。
ってドア開けたら、ちょうど神崎さんの部屋のドアも開いたんだよ。
「あ、神崎さん」
「山田さんもですか? ちょっとコーヒーが飲みたくなったものですから」
「うん、あたしも」
「行きましょう。僕が淹れます」
二人でリビングに下りてってさ。あたしはいつものようにダイニングテーブルの椅子に座ってさ。こーゆーときに「ちょこんと」とかっていう副詞を使いたい訳なんだけどさ、今はどう考えても「どっしりと」とかになっちゃうわけで、早いとこ「ちょこんと」が使える体型になりてーよって感じでさ。
神崎さんはって言うと、「スマートに」を毎回つけなきゃならんよーな動きなんだよね。あー、いちいち癇に障る。
「マスター、いつもの」
「は?」
「言ってみたかった」
「フフ……かしこまりました」
案外ノリいいんだよ、神崎さん。コーヒー持って来てあたしの前に置くと、こう言ったんだよ。
「あちらのお客様からです」
「どちらのお客様よ」
「こちら」
「自分じゃん」
「言ってみたかったんです」
「あははは」
「フフ」
何やってんだか。アホ丸出しだな。
神崎さんがいつものようにあたしの正面に座ってコーヒーを啜る。ああ、ヤバい。カッコいい。コーヒー飲んでるだけでもサマになる。きっとウンコしててもサマになるんだ。
今日は珍しくTシャツ着てる。長袖だけど袖を肘までたくし上げて。パイングリーンって言うのかな、松葉のような深い緑色。こんな色もよく似合う。なんでこんな人とあたしは一緒に住んでるんだろう? 凄い贅沢だよ、毎日が目の保養だよ。どうしよう、ずっと見ていたい。目が離せない。
東京に帰った時、喪失感で空っぽになっちゃうんじゃないかってくらい、心が神崎さんで埋め尽くされてるよ。ほんとにあたし、神崎さん無しで生きてけるんだろうか?
「山田さん、パジャマも持って行くのを忘れないでくださいね。ホテルじゃないので浴衣とかありませんから」
「あったってあたしが着れるサイズのなんかないし。前、合わせらんないし」
「それは刺激的ですね」
「そーゆー問題じゃないし」
「いいんですか?」
「へ? 何が?」
「山田さんには気になる男性がいらっしゃるのでしょう? 僕なんかと泊りがけで出かけてもいいのですか?」
だーかーらー! お前だっつの! この朴念仁!
「いえ、勿論僕としては山田さんの父親か何かのような心構えで居りますし、間違いが起こらないよう気をつけますが……ですが、僕もそことは一線引いた部分で全く手を抜くつもりはありませんし、抜け駆けするようで気が引ける部分も大いにあるにはあるんですが」
何を訳の分からんことをゴジャゴジャ言ってるんだ。もっと判るように言え。
てかもういっそ間違い起こして既成事実作っちゃえ! ……っていう訳にはやっぱ行かんよね。
「あの……もし山田さんが後悔されているようでしたらキャンセルしても構いませんから、そう仰ってください」
「神崎さん、行きたくないの?」
「そんな訳がありません。僕は山田さんとでしたらどこへでも行きますよ」
「じゃ、行こ。神崎さんややこしい事考えすぎ。もっと単純に考えよーよ。行きたいから行く。行きたくないから行かない。それでいーじゃん。あたしは神崎さんと行きたいの。最初に言ったでしょ? 神崎さんは自然のこといっぱい知ってるから、そーゆー人とお花がいっぱいあるとこに行きたいって。忘れた?」
「いえ、憶えてますが」
「じゃあそれでいーじゃん。あたし、また支度してくる」
「はい……」
あーもう! 悟られても困るけど、ここまで鈍感なのもどーなのよっ!
「あ、山田さん。後で用があるのでお昼前にはまた下りて来て下さい」
「はーい」
何よ……今言えばいいのに。気になるなあ、もう。
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