第135話 鈍い

 今日は雨だからさ、家の中でトレーニングなんだよ。

 てかさー、一日中水族館回ったんだから今日くらい休めばいいのに、この人ってそーゆう例外作んないらしいのよ。多分身内が危篤になっても病院でトレーニングするタイプだよ。

 そんな訳だから、あたしも一緒になってやってるんだけどさ。お喋りしながらやってるからなんか楽しくてさ。あたしのプランクも1分続くようになったし。でもちょっと気を抜くとお腹が床にくっついちゃうから気をつけないとね。


「ナマコ、美味しそうだったねー」

「なんて酷い事を……あんなに可愛かったのに」

「神崎さんて、ナマコ可愛いって言う目で見るの?」

「勿論です。山田さんは食べ物にしか見えませんか?」

「うん。マグロもキスもイワシもタコも」

「僕も食べますが、ああやって動いているとまず最初に『可愛い』が来ますけどね」

「あたしは最初が『美味しそう』なの」

「ところで体重は測りましたか?」

「凄いよ、聞いて、今80kg!」

「え? 6kgも落ちたんですか?」

「うん。食事と運動で。身体軽くて凄い楽だよ~。神崎さんありがとう!」

「大丈夫ですか?」

「うん。あんまり前ほどたくさん食べたいって思わなくなってきた」

「確かに量は減りましたね」

「多分チアシードとおからが効いてる」

「それは良かった」


 暫く二人で沈黙。神崎さん、何考えてるんだろう。あたしはもうダメだ。自分の気持ちに気付いちゃってからは、神崎さんの事ばっかり考えちゃう。どうせあたしと神崎さんじゃ釣り合わないし、神崎さんには城代主任が居るし、考えたって仕方ないのにね。

 でもさ、こーゆーのってどうにもならないじゃん。無理だから諦めて、ってそれは諦められるよ。もともとがどう考えたって無理なんだから。でも好きなもんは好きなんだから仕方ないでしょ? 好きな気持ちはどうやったって誤魔化せないよ。

 ただそれを出しちゃったらきっと神崎さん困っちゃうじゃん。あと10日間一緒に過ごせなくなっちゃうじゃん。だから何が何でも内緒。あーあ、何だってまたこんな素敵過ぎる王子様と同居する羽目になっちゃったんだろうな。


「山田さん」

「ん? 何?」

「今、何を考えてらっしゃいました?」

「え……? か、神崎さんは?」

「今は僕が質問してるんです」

「んーと、何も」

「そうですか」

「で、神崎さんは?」

「あなたの事です」

「あたしの……事?」

「ええ、山田さんの事」

「あたしの何を?」

「山田さん、恋をしてらっしゃる」

「え……」


 ば、ばれた?


「その恋する相手の男性に可愛く見られたくて、運動したり食事に気を遣ったりしてらっしゃる。そうですね」


 なんて返そう。どうしよう。


「返事をして下さらなくても結構ですよ。陰ながら応援します」


 は? 応援? いや、あんただよ! ちょっとどんだけ鈍いのよ?


 って言っちゃダメだよね。ここでそんなこと言ったら神崎さん困るだろうし、あたしもこれから神崎さんと城代主任にどう接していいかわかんないし。

 えーちょっと、信じらんない。こんな鈍い人っている?


「そんな顔なさらないでください。大丈夫ですよ。ですが……」

「ですが?」

「僕も先日予告しましたように、手を抜きません。本気で押して行きますのでご承知おきください」


 それはダイエットの事だよね……。協力的だなぁ。でもあたしの本命はあんたなんだけどなぁ。


 はぁ~、どうしてこんなに鈍いの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る