第134話 無意識に

 神崎さん、まあ大変だよ。ほんと龍安寺で手ぬぐいゲットした時みたいにはしゃいでるよ。とは言っても、この人の『大はしゃぎ』はヨッちゃんの『ビミョーに嬉しいかも』くらいのノリなんだけど、あたしにゃわかるよ、どんだけ今の彼が盛り上がってるか。『ショタコンビーチの交響曲第5番の第4楽章をニューヨークのアインシュタインくらい』の盛り上がりなんだよ。


「山田さん、見て下さい。この美しい流線形。しかし解せませんね、何故頭部は横に平たいのに対し、鰓から先は縦に平たくなったんでしょうか。この形に何か意味があるんでしょうかね。そんなに速く泳ぐ魚でもないんですが。驚くと水面に飛び上がるらしいので、それに適した体型なのかもしれませんが」

「猫にマタタビ、神崎さんに古代魚」

「は?」

「楽しそう」


 神崎さん、珍しく恥ずかしそうにはにかんでるよ。可愛いな。


「そうですか? まあ、そうですね。楽しいです。どうしようもなく盛り上がっています。僕は『生きた化石』系の生き物が大好きなんですが、特に魚類は堪りませんね。勿論タカアシガニやカブトガニのような節足動物系も好きですし、オキナエビスガイやオウムガイのような軟体動物も好きなんですよ? ですがやはりハイギョやナメクジウオ、アロワナ、そしてこのピラルクのような魚類はどれだけ見ていても飽きません。出来る事ならピラルクと一緒に住みたいくらいですよ」

「これ家で飼うの無理でしょ」

「ええ、ですから水族館に足繁く通っては、こうしてピラルクを眺めるんです」

「それで他の魚の名前にも詳しくなっちゃったんだ」

「まあ……そんなところです」

「葛西臨海水族園?」

「当たり。ですがあそこは深海魚は充実してますがピラルクもアロワナも居ないので、しながわ水族館あたりに良く行きますよ」


 なんか可愛くなっちゃう。すっごい嬉しそう。見た目は182cmの大男なんだけどさ、そんな大男がバカデカい水槽に張り付いて、目を輝かせてピラルク見てんのよ、子供みたいに。なんて可愛い人なんだろう。


「ピラルクは平均2メートルから3メートルになるんです。今ここにいる子たちがちょうどそんなでしょう? 最大のものでは5メートル近くになるそうなので、どう考えても一般家庭で飼うのはムリですね」

「こんなデカいのが繁殖したらエライ騒ぎになるもんね」

「それがですね、このピラルクと言う魚は実に家族の絆が深くて、卵が孵るとお父さんとお母さんと二人で子供たちの面倒を見るんです。それも過保護にせずに、子供たちが集団で行動するのを離れたところでずっと見守っているんです。僕の理想の子育てですね」

「神崎さん、彼女もいないのに、もうそんな事考えてんの?」

「当然です。『もう』と言うには少々出遅れ気味ですよ。特に女性はクリスマスケーキと言って……それは昭和時代の話ですね、今は40くらいで結婚される方もいらっしゃいますが」


 さり気に城代主任のネタ振って来るなぁ……勇者花子に5000のダメージだったぞ。


「話が逸れてしまいました。今はピラルクでしたね」

「ピクルスみたい」

「まあ、食用魚ですが」

「これ食べれんの?」

「ええ、食べられますよ。現地ではお祝いの席で食されるそうです。食用にする以外にも、この直径10センチにもなる大きな鱗が色々な用途に使われるようですが」

「例えば?」

「靴べら」

「ぷっ」


 思わず吹いちゃった。


「早口言葉って用途もあるよ。ピラルクピラルク三ピラルク、合わせてピラルク六ピラルク。言える?」

「ピラルクでもピクルスでもパピルスでも行けますよ」

「パピルスって何よ」

「古代エジプトで使われた紙の事ですよ」

「ほんと訳わかんない事いっぱい知ってるよね」

「偶々です」


 今度は二人で一緒に吹いちゃった。なんかあたし嬉しくなって無意識に神崎さんの腕に絡みついちゃってたらしいんだよ。ほんと無意識。そのまま神崎さん引っ張って次の水槽見に行ったら、また似たような魚が居たんだよ。


「アロワナじゃないですか!」


 そして神崎さんはますますヒートアップ、もう誰にも止められない……。

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