第133話 あと10日

 まだ半分くらいしか見てないのにさ、もうお昼過ぎてんだよ。お腹減っちゃったんだよ。だってここ、遠いんだもん。

 だもんだから、あたしが「腹減った、死ぬ」ってダダこねて、水族館の中のレストランご飯食べることにしたんだよ。

 でさ。凄いんだよ。でっかい縦ぶち抜きの水槽に隣接してレストランがあるもんだから、水槽眺めながらご飯が食べられるんだよ。しかも超ラッキーな事に水槽際の席に案内されたんだよ。あたしのすぐ横を魚が泳いでいくんだよ。美味しそう。


「魚を眺めながら魚を食べると言うのも……どうなんでしょうね」

「いいじゃん、美味しいじゃん」

「微妙ですが……」

「そう?」


 って言いながら二人でスパゲティをくるくる巻いてる。あたしはペスカトーレ、神崎さんはボンゴレビアンコ。


「そう言ってアサリ食べてるんじゃん」

「寧ろ『だからこそ』ボンゴレなんですよ。アサリは飼育されていなかったので。ペスカトーレは今の僕にはちょっと無理です」

「え~、あたしタカアシガニ見た後で、カニのクリームソースも食べれるけど」

「タカアシガニ、美味しいらしいですよ。大きいので味も大味になりそうに見えますが、そんなことは無いそうです」

「なんかのんびりしてたね、タカアシガニ」


 タカアシガニの事を話してるだけなのに、神崎さんの目が凄く優しい。この人って生き物の話をする時、嘘みたいに優しい目をする。可愛くて可愛くて仕方ないんだろうか。

 そう言えば、さっきもヨスジフエダイとやらに「おいでおいで」って声かけてた。「この水槽のガラスは15センチもあるので、我々の声は聞こえてませんよ」なんて言ってたくせにさ。


「あの子もシーラカンスやカブトガニなどと並んで『生きた化石』と言われてるんですよ」

「ふーん。なんか今っぽくなかったもんね」

「カニに今っぽさを求めても……」

「てかロボットっぽい」

「世界最大の節足動物ですので」

「へ~、そうなんだ。やっぱ神崎さん、何でも知ってるね」

「偶々です」

「はいはい。やたらと多い『偶々』ね」

「あ、イトマキエイが挨拶に来ましたよ」

「あはは、お腹こっち向けてる」


 なんか幸せだな。こうやってスパゲティ食べてるだけなんだけど。目の前に神崎さんが居て、優雅に泳ぐお魚を眺めながら美味しいご飯食べて。

 こうしていられる時間もあと少しか。東京に帰ってから神崎さん誘ったら、水族館一緒に行ってくれるかな? 

 そう言えば神崎さんちって葛西臨海公園の近くって言ってたじゃん。もしかして葛西臨海水族園の年パス持ってたりして。でなきゃ、こんなに詳しいの納得できない。

 あの辺だったらネズミーランドもご近所な筈だけど、行った事無いって言ってたよね。いつもどんなとこ行ってるんだろう? てか、この人って東京では一体どんなとこでデートするんだろう?

 ぼんやりしてたら、神崎さんがあたしの顔じーっと見てニコッと笑うんだよ。


「よく似合ってますよ、そのイヤリング」

「えへへ。そりゃそーだよ、神崎さんが作ってくれたんだもん」


 神崎さん、何も言わずにクスッと笑って、また水槽の魚たちにその細長い人差し指でちょっかい出し始めた。


「こうやって思い出はできて行くんですね」

「え?」

「再来週はもう家もフロアも遠くなりますね。淋しくなります」

「また『恐怖の神崎メール』送ってよ」

「そうですね。僕はそれでは物足りないでしょうが」


 そう思うなら、あっちに戻ってもデートに誘ってくれたらいいじゃん。なんて思っても言えないよなー。


「淡路島あるし! まだあと10日も楽しめるよ」

「山田さんのそういう前向きなところは、本当に素敵ですね」

「だって3分の2が過ぎただけじゃん? あと3分の1もある。あたし、あと10日でもうちょっとダイエットして、絶対可愛くなるって決めたんだから」

「今も十分可愛いですよ」


 だーかーらー!


「神崎さんてさ。たまーにすっごい赤面するよーな事をズバッとストレートに言うよね」

「そうですか? 僕は正直なだけです」

「もー。そーゆーのが……なんて返事していいかわかんないじゃん」

「そういうちょっと拗ねた顔も魅力的です」

「あーもう!」


 なんかどう反応していいかわかんなくなって、とにかくスパゲティをバクバク食べてたら、また神崎さんが笑うんだよ。


「山田さんのその美味しそうにモリモリ食べる姿も、あと10日しか見られないんですね」

「あと10日間モリモリ食べるから心配しないで」


 って言ったらさ。神崎さんが「あははは」って笑ったんだよ。あの神崎さんがだよ。フフフ……じゃなくて、クスッじゃなくて、あはははだよ。あたし、それだけでKOだよ。


 やっぱあたし確信したんだよ。あたし、この人の事好きなんだ。ほんとにほんとに大好きなんだ。

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