第128話 出来上がり

 なんかさ、神崎さんの工具箱って凄いんだよ。公儀隠密は伊達じゃないよ。公儀隠密って言うより007だよ。ジェームス・ボンドだよ。テーブルの上に置けなくて、床に直置きだよ。その中から先端の細いペンチみたいなやつを2本と、小型の銃のようなものまで出してくるんだよ。これはきっと動物用麻酔銃だよ、いざという時にあたしを撃つために準備してたんだよ。んなわけないね。

 テーブルの上には黒っぽいハンカチを広げてその上に貝殻を置いてるんだよ。で、小皿に丸ピンとかナントカクオーツって天然石のビーズとか入れて転がって行かないようにしてるんだよ。


「なんかさ、オペを開始しますって感じだね」

「これで手袋とマスクをしていたらそんな感じですね」


 神崎さんの手はとっても大きいんだけど、指が細いから小さなビーズもヒョイヒョイと掴んでる。いいな。あたしの指は太くて短いから、そういうのできない。

 穴を開けた白い貝殻に丸カンってのを通してキュッと捻ってる。勿論小さいパーツだから、両手に持ったペンチでの作業。器用だよね。次に丸カンに天然石を通す。これはあたしでもできそう。小さいパールビーズも通してる。ピンクの石がアクセントになって可愛い。


「ねえ、そのピンクの石ってなんて言うんだっけ」

「ローズクオーツですよ。紅石英とも言います」

「石英? 聞いた事あるような気がする」

「ええ、中学くらいで火成岩の組成で習ったでしょう。花崗岩などの深成岩を形成するエレメントの一つです」

「習ったかも」

「カンラン石、長石、石英、黒雲母」

「あ~懐かしい!」

「その石英ですよ。水晶とも言いますね」

「水晶と石英って同じ物なの?」

「ええ、これは紅石英、こっちは紫水晶。組成はどちらも二酸化ケイ素ですよ」

「……そーゆー難しい話はとりあえずあたしは遠慮しとく」


 神崎さん、フフフって笑ってる。なんか悔しいな。


「そろそろまたカレーに火を入れましょうか」

「あたしがやる」

「では弱火でお願いします」

「はーい」

「……その『はーい』が反則なんですが」

「なんで?」

「……可愛すぎて」

「え?」

「いえ、何でもありません」


 またかよ。聞こえねーんだよ。


「山田さん、カレーは脂の塊のようなものなので、コンソメを入れてスープカレーのようにしようと思いましたが、ドロッとした方がお好みですか?」

「うん、その方がお好み」

「ではジャガイモを一つ良く洗って、濡れたままラップに包んでください」

「なにすんの?」

「とろみをつけるんですよ」


 何だかよくわからないまま、ジャガイモを一つよーく洗う。それをラップにピッタリ包む。


「はい、できたよ」

「お皿に乗せてレンジで2分」

「はーい」

「よく覚えておいた方がいいですよ、東京に帰ったら自分でやらなければなりませんから」


 そっか……。東京に帰ったら、神崎さん居ないんだ。


「うん。わかった」


 レンジに入れて2分。そうやってる間も神崎さんの両手は動いてる。イヤリング2つと神崎さんのキーホルダー、全部同時進行で作ってる。


「その後は、熱いうちにキッチンペーパーに包んでこするとつるっと皮が剥けますから、皮を取って小鉢に入れて下さい」

「はーい」


 てかさ、なんでそんな裏ワザみたいな事知ってんだよこの男は。もしかしてこれって常識なの? あたしが知らないだけなの?


「熱っ! あっつ~~~!」

「大丈夫ですかっ!」


 そんなビックリして立ち上がるような事でもないでしょーに。


「うん、大丈夫」

「気を付けてください、物凄く熱くなりますから。先に言うべきでしたね、すみません。やはり僕がやりましょう」

「いい。神崎さん、それ作ってて」

「ですが」

「東京に戻ったら自分でやらなきゃならないでしょ。自分で工夫するよ」

「……そうですね。失礼しました。お任せします」


 神崎さん、こっちチラチラ見てる。よそ見してると手元狂うよ?


「剥いたよ。次は?」

「マッシャーで潰してください。マッシャーは引き出しに入ってます」

「ラジャー」

「潰したらカレーに入れてよく混ぜて」

「了解」

「それでとろみがつきます」


 それから暫くして、二人同時に言ったんだよ。


「出来上がり!」




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