第127話 はーい、先生

「ところで、今日はカレーにしようと思うんですが」

「おー! 久しぶりんこ!」

「今から煮込めば、夜に食べる頃には美味しくなってると思いますので、イヤリングの方は少々中断してこちらを先に作りますね」

「あたしも手伝う!」

「山田さんはどうぞごゆっくりなさっていてください」

「一緒に作りたいの」

「え……」


 神崎さんの目が泳いでる。あ、邪魔って事なのかな。


「そっち、あたしが入ると身動き取れないんでしょ? こっちでやるからいいよ。皮むきくらいテーブルでもできるし」

「……あの、宜しければ、その、こちらで一緒にやりませんか?」

「え、だって狭いでしょ? あたしが入ったら動けなくなるよ?」

「皮むきするのにウロウロする必要ありませんから。……あの、それにですね、僕は玉葱を長時間かけて炒めるのでずっと鍋の前ですし、その、まな板の方には僕は行かないので、ここで……」


 何をモゾモゾ言ってんだ、はっきりしろ。


「じゃあそっち行く」


 一緒にキッチンの方に入ると、神崎さんがシンクにジャガイモと玉葱と人参をバラバラと出してくる。

 

「山田さん、ジャガイモと人参、お願いできますか?」

「はーい」


 神崎さんはあたしの方にザルを置いてくれた。ここに入れろってんだな。で本人はと言うと、すぐ横で玉葱をささっと剥いてザクザクと粗微塵に切ると、鍋に入れて弱火で炒め始めたんだよ。そーか、玉葱は弱火なのか。


「まさかと思うけど、カレーの粉、訳の分からんスパイスブレンドして作るとか言わないよね?」

「今日は普通のルウを買ってありますよ。中辛ですけどいいですか?」」

「うん、甘口から辛口まで何でも来いだよ」

「それは良かった」


 ん? 玉葱の横で肉を炒めてる。これは鶏肉だな?何故わざわざ鍋を別にする? あ、そっかこっちは強火なんだ。玉葱が弱火だから一緒にできないのか。

 あれ? 焦げ目が付いたら取り出しちゃったよ。どーすんの? 今度はサラダ油の中に米みたいな細長いの入れたよ。


「ね、それ何?」

「これですか。クミンシードです」

「なんだって? 区民センター?」

「クミンと言う植物の種です。サラダ油に香りをつけるんですよ」


 あたしの方も皮むきが終わって、一口サイズに揃えて切った。


「丁度いいタイミングですね。このクミンオイルで野菜を炒めるんですよ」

「へー」


 神崎さんはあたしが切ったジャガイモと人参の他に、くし切りにした玉葱を鍋に入れたんだよ。そんでザクッと掻き雑ぜてから、さっきの弱火で炒めてた玉葱のみじん切りをさらに投入!


「お肉は?」

「まだです。野菜に火が通ってから入れます」


 あたしが横からじーっと覗きこんでたら、神崎さんが笑うんだよ。


「あの山田さん。僕、身動き取れないんですが」

「あ、ごめん」

「いえ、こうしているのもいいもんだなと」

「は?」

「山田さんの肩が柔らかくて気持ちいいんです」

「どーせ脂肪がたっぷりついてますよ」


 不意に神崎さんが顔を逸らしたんだよ。


「可愛くて……抱きしめたくなります」

「え? 何? なんでいつもモゴモゴ言うのよ」

「いえ、何でもありませんよ」

「何よー」

「拷問ですね」

「何がよ」

「肉、入れますよ。それ取ってください」

「はーい」


 なんか楽しい。


「ねー、キューピー3分間クッキングっぽくない? あたしアシスタント」

「僕は神崎先生ですか?」

「そうそう」

「では、ここに先程炒めた鶏肉を入れます。山田さん、お肉お願いします」


 あははは、神崎さんノってるよ。


「それではここにお水を入れます。これから煮込んで行きますよ」

「はい、先生」

「ここでローレルを入れましょう。香りがグンと良くなります」

「香りは大切なんですね?」

「味覚は殆どが嗅覚に頼っていますから、香りが良くなるだけで味に差が出るんですよ。手で千切ると香りがよく出ます」

「なるほど。皆さん、ここは重要なポイントです」

「水が沸騰したら灰汁を掬いますよ」

「お玉が必要ですね」


 あたしがお玉を取ろうとしたらさ、神崎さんも同じ事考えててさ。一緒に取っちゃったんだよ。でもあたしの方がちょっと早くてさ。神崎さんがお玉じゃなくてあたしの手を握っちゃったんだよ。大きくてスベスベでひんやりした手の感触にドキドキする。


「先生、それは私の手です」

「道理でプニプニだと思いました」

「先生、喧嘩売ってますか?」

「そんな事はありません。気持ちいいです」

「先生、手を離して貰えませんか?」

「嫌です」

「え?」

「冗談です」

「冗談キツイです」


 神崎さんは笑ってあたしの手を離して、お玉を持ったんだよ。惜しい事したな。そのままでも良かったかな。でもこんな狭いとこでボケーッと手を握られてんのも変なもんだよな。


「では、コンソメを入れましょう。あと醤油ですね」

「え? そんなもん入れんの?」

「後でヨーグルトも入れますよ」

「初めて聞いた」

「神崎スペシャルです」


 何のかんの言いながら、手際よく入れて行く。

 神崎さんの手、大きいけど動きが凄く繊細。なんかこの手を見てるとゾクゾクする。あたしってもしかして手フェチ?


「コンソメが溶けたところでルウを入れて下さい」

「はい、先生」

「ルウを入れたら蓋をして火を止め、しばらく放置します」

「え? 放置?」

「そう。ちょっと休ませるんですよ。そうすると美味しくなる。一晩経った後のカレーは美味しいでしょう?」

「あ~、そうだね」

「煮込まずに余熱を入れるんですよ。後でもう一度火を入れる時にヨーグルトを入れます」

「ふうん」

「じゃ、ここはこのままほっといて、イヤリングの続きでも作りましょうか」

「はーい、先生!」

「……山田さん、それは反則です」

「へ? 何が?」

「可愛すぎる」

「は?」

「いえ、何でもありません」


 『何でもありません』多いよ、あんた。


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