第126話 冗談止して下さい

「行こう」

「は?」

「行こうよ、淡路島」

「ですから日帰りでは無理ですから」

「泊まればいいじゃん。GWなんだから」

「いえ、そういう問題では無くて」

「どーゆー問題よ?」

「未婚の男女が泊りがけで旅行など、世間様に顔向けが」

「あのさー、その未婚の男女がもう既に2週間も同居してんのよ? 今更何を言い出すかなぁ」

「……それもそうですね」

「でしょ? 淡路島って言ったら、お花畑がいっぱいあるって言うもんね。あたし一度行ってみたかったんだ、淡路島。ね、行こうよ~、神崎さーん」

「う……山田さん流石末っ子、甘え上手ですね。長男への甘え方を熟知されてます。そんな風に可愛らしく甘えられたら、僕は100%落ちますよ」

「落ちた?」

「はい、落ちました。無念。ではホテルの予約を取りましょう。ああ、GWですから取れないかもしれませんね」

「5日の木曜日は? 翌日は殆どの会社が出勤だよ? うちの会社は休みだけど」

「それは名案です。それで行きましょう。そっちが優先順位が高いですね、あっという間に埋まってしまいますから。ちょっと待って下さい」


 そう言って手早くテーブルの上を片付けると、2階に上がって行ったんだよ。何しに行ったんだ? と思ってたら、もう下りてきたよ。あ~、モバイルPC取りに行ったのか。


「シングル2部屋、隣同士で取れるといいんですが」

「はぁ? シングル2部屋ぁ? ホテルなんか高くつくじゃん。民宿でいいよ民宿で!」

「いえ、それはダメです」

「何でよ」

「この家でさえも寝室は別なんですよ。それを民宿なんて行ったら、一つの部屋で布団を並べて敷かれてしまうんですよ。まるで新婚旅行じゃないですか。初夜じゃないんですから。僕がおかしな気を起こしたらどうなさるおつもりですか」

「神崎さん、おかしな気起こすの?」

「勿論そのつもりはありませんが、視覚的に布団がきちんと並べて敷いてあったら、いくら僕のような堅物とは言え、間違いが起こらないとも限らないでしょう。そういうご心配はなさらないんですか?」

「うん、心配してない」

「あのですねぇ……ではお聞きしますが、僕が岩田君だったらどうです? やっぱり心配なさらないんですか?」


 うっ。痛いところを突かれた。


「ガンタは心配。アイツ油断するとチューする」

「でしょう? 僕だって判りませんよ? 人目が無かったら暴走するかもしれません」

「暴走するのはクルマだけでしょ?」

「クルマはちゃんと制御してます。と言いますか論点がブレますから、訳の分からない話は持ち込まないでください」

「はーい」

「とにかく和室に二人一緒はダメです。それは僕への拷問ですか? 何が悲しくてGWに拷問受けなきゃならないんですか。勘弁してください」

「じゃあペンションならいい? ダブルにすればいいでしょ?」


 え? 何? 神崎さんが目をまん丸く見開いてる。


「ダブル! もっと悪いじゃないですか! 僕を殺す気ですか」

「なんでよー」

「それなら畳に布団二枚敷いた方がまだマシです」

「だから何でよー?」

「何でよじゃありません。冗談止して下さい、寝ぼけて抱き締めたりしたらどうするんですか」

「え、神崎さんてそんなに寝相悪いの?」

「違いますよ、僕はいつも『気を付け』の状態で寝てます。ですが、隣で寝返りを打たれたり……と言うかそれ以前に、一つのベッドで山田さんと一緒になんて眠れるわけがないでしょう? 僕を一体どれだけ人畜無害だと思っているんですか? サイボーグか何かと勘違いしてませんか?」

「え、え、え、ちょっと待ってよ、一緒のベッドで寝るなんて言ってない」

「ダブルの部屋を取るってそういう事じゃないですか。それとも何ですか、あなたがダブルベッドを独占して、僕がバスルームで寝ると言う事ですか?」

「だって、ダブルってベッドが二つある部屋の事でしょ?」

「それはツインですっ! ダブルと言うのは二人が一つのベッドで眠れるような大きなベッドがある部屋の事ですっ!」

「え……ああ、そうなの?」


 神崎さんががっくりと肩を落として大きく溜息ついてる。なによ、ちょっと勘違いしてただけじゃん、そんなに大袈裟に沈没しなくてもいいじゃん。


「ああ、もう、僕は泣きたくなってきた」

「泣くほどあたしとお出かけするの、憂鬱?」

「違いますよ、そうじゃなくてですね、あなたがあまりにもなんというか、世間知らずと言うか、無防備と言うか、僕を安全視し過ぎていると言うか。ああもう、とにかくツインと言う事ですね」

「うん、そう。それなら一緒の部屋でもいいでしょ?」

「ええ、まあ。……って良くないですよ! 着替えはどうなさるんですか? プライベート空間が無いんですよ?」

「お風呂の時に着替えればいいじゃん」

「朝は?」

「朝もお風呂入る」

「そ、そうですか」

「他には何にも困らないでしょ?」

「え、ああ、まあ、そう、ですかね」

「じゃ、ツインでペンションに泊まろう! はい、いいとこ探して」

「はい、了解しました。おかしいな……なんでこうなったんだろう?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る