第121話 僕のピンクダイヤモンド

 それからあたしたちは苔と楓の西側庭園の方に回ったんだよ。どうもね、ここって方丈をぐるっと一周するようにお庭があるっぽいんだよ。南は枯山水、西は苔、北は何だろう?

 なんて思いながら歩いたりしてるんだけどさ、神崎さんがずっとあたしの手を握ったままなんだよ。靴脱いだ時に一旦離したんだけどさ、また「あっちに行ってみましょう」とか言う度にさり気に手を握るんだよ。もしかしてさっきのおばちゃん(もうお婆ちゃんか)たちに自分がナンパされないように『彼女いますアピール』してんのかな? まあ、そんな事で神崎さんの役に立てるならそれでもいいけど。

 北側に来ると、神崎さんが嬉しそうな顔したんだよ。そりゃもう、本当に宝物を見つけたような顔。何だか可愛いんだよ。


「ありました。これが本日のメインイベントなんです」


 これがですか? この、水が出てるこれですか?


「この蹲踞が見たかったんです。釈迦が説いた『知足の心』をデザインした逸品です」

「どうデザインしたらこうなんの?」

「ほら、この中央に四角い水穴があるでしょう? これを漢字の『口』の字に見立てるんですよ。それで上下左右の漢字の部首と組み合わせて一つの漢字を作ると『吾唯足るを知る』になるんです」

「あ、ほんとだー。凄ーい。昔の人って洒落た事考えるんだね」

「本当に素晴らしいデザインですよ。水戸光圀の寄進だそうですがその頃のデザインなんですね」

「へ~。ほんと神崎さんて何でも知ってるよねー」

「偶々です」


 またかい。ここまで来ると偶々とは言わないから。寧ろマニアだから。


「あっちにも行ってみましょうか」


 神崎さん、蹲踞の写真を嬉しそうに撮った後、そう言ってまたあたしの手を取るんだよ。迷子になんてならないから大丈夫なんだけど。そんなに心配かなぁ? ここって迷子になりようがないし、こう見えても神崎さんと2つしか違わないし、十分大人なんですけど。


「梅龍図もここから見ると龍が良く見えますね」

「え? 龍って居たの?」

「ええ、さっきのところでは梅が正面で龍が両脇に居たんです。今は直角の位置から見てますから龍が正面、右側面が梅になりますが」

「そっかー、龍居たんだー」


 ま、そうだわな。梅しかないのに梅龍図とは言わんわな。梅図だわな。梅図って『まことちゃん』じゃん。あ、あれは楳図か。


「庫裏に戻って来ちゃったね」

「実はここにしか売っていない手ぬぐいがあるという情報を仕入れてるんです。石庭をデザインしたものらしいんですけど、どうしてもそれが欲しくて絶対に買って帰りたかったんですよ」


 なんか可愛いぞ。神崎さん、女子高生みたいだよ。ルンルンしながら手ぬぐいをゲットしてきた神崎さんはそりゃもう嬉しそうにしながら「さ、行きましょうか」なんて言ってる。ヤバい。マジで可愛い。可愛すぎる。


 再び外に出て、また石段だよ。こうやって階段のところに来ると、さり気にあたしの手を取るんだよね。左右に綺麗な緑の木がたくさん生えてて気持ち良くってさ、足元は小さな砂利の敷き詰められた道でさ、隣には神崎さんが居てさ。なんか幸せなんだよね。

 勅使門の前を通って、納骨堂に立ち寄って、お喋りしながら気持ちのいい新緑の中を歩いてたら、さっきの池まで戻って来たんだよ。


「また白鷺いるかな」

「いるかも知れませんよ」

「ねえ、神崎さん」

「なんですか」

「あたしさー、こーゆー自然がいっぱいのとこ、大好きなんだよね。東京帰りたくなくなっちゃうよ。神崎さんもそんなこと言ってたよね」

「ええ、こんなところの方が子供は伸び伸びと育ちますよ」


 げ。やっぱ彩花ちゃんだけじゃなくてもっと大勢欲しいんだね。サッカーチームでも作る気だろうか。てか城代主任もそんなに若くないんだから無茶言うなよ。


「山田さんも自然の多い環境がお好きでしたか」

「うん。だって長期出張って言われた時、ログハウスでもテントでもいいよって言ったし、うちのバーコードに」

「バーコード?」

「あ、いや、うちの課長に」

「ああ、ヘアスタイルの事ですか」


 ってサラッと言うな。


「そう言えば、初めて山田さんの下着を洗濯した日も『ガンジス川下流で洗濯したパンツが穿ける』と仰ってましたからね」

「よく覚えてるね」

「ええ、マタニティと勘違いした事も覚えてます」


 おしどり池に沈みたいか。


「ログハウスいいですね。僕はアウトドア派なので、そういう暮らしに憧れますよ。山で走り回って川で泳いで、魚釣ったり山菜採ったりして、自分で食べるものを収穫してくる、そういう生き物本来の生活を忘れたくないなと。鳥や虫や小さな動物たち、木や花のような植物たち、土や水や風の匂いを感じながら生活するのが好きなんですよ」

「スーツの神崎さんしか知らない人が聞いたらびっくりするね」

「そうですか?」

「だって神崎さんのイメージって、作業着よりはスーツだし、建機よりはパソコンだし、京丹波試験場よりは東京本社だもん」

「困ったイメージですね」

「ね、神崎さんの持ってるあたしのイメージってどんなの?」


 そしたらさ、神崎さんてばまたあの笑顔を見せたんだよ。あたしを悩殺する眩しすぎる微笑みだよ。


「山田さんのイメージはチューリップです。……僕のピンクダイヤモンドですよ」

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