第116話 別に
夢中になって仮想油圧ショベルを操作して、ガンタのフォロー無しでもダンプに目一杯の土を積めるところまで上達したあたしは、既に日が暮れてる事に今更気づいたんだよ。お昼食べてからずっとだよ。一体どんだけ夢中になってたんだか。
それで、今夜はガンタと一緒にファミレスで夕飯食べてから帰る事にしたんだよ。神崎さんに「ガンタと夕飯食べてから帰るね」ってメールしたら「了解」ってメチャ冷めた返事が返って来て、もしかしてご飯作ってくれてたのかな~とかちょっと考えちゃったりしたんだけどさ。でも今更そんなこと言っても遅いしさ、結局サイゼリヤに居るんだよ。アラビアータ食べちゃってんだよ。これ一番カロリーが少なかったんだよ、それでも570キロカロリーもあるんだよ。今晩ちょっと本気出してプランクしなきゃだよ。
「花ちゃん、もしかして『けんきんぐ』ハマっちゃったんすか?」
「うん。やってて一つ問題点が見えたんだよね。何に乗ってた時かな、忘れちゃったけど、水平でない場所に車両を置く時にアウトリガーって出すじゃん? あれの問題点、っていうか問題じゃないんだけど、改善方法が閃いたんだよね。あそこに水準センサを組み込んでメインパネルで一気に操作できたらオペレータは楽になると思わない?」
「花ちゃん、そんな事考えながらゲームしてたんすか?」
「そーゆーわけじゃないけど、偶々思いついたってゆーか。他にもあんのよ」
「え、もう?」
「うん」
と言いながらメロンソーダを一口飲んで、ハッと焦る。これはカロリー高いだろっ。やばいやばい烏龍茶にしなければ!
「キャブが真後ろを向いた状態で長時間作業してると、前後が逆になってる事を忘れちゃうでしょ? そのまま前進しようとすると、自分の感覚では前進してる筈なのにバックして行くことになっちゃってメッチャ焦んのよ。だからキャブが反対向きになってる状態でクローラを起動しようとした時に、警告音と警告画面を出せば事故が防げるかな~とかさ」
……って、あんまり役に立たないかな? ゲームだし、現場とは違うからズレてるかもね。
「マジすか。やっぱ花ちゃん天才すよ。なんつーか俺から見たら花ちゃんも神崎さんも手の届かない人って感じっすよ」
「んな事ないよー。現場の人に言ったら笑われちゃうかもしんないよ。でも一応提案はしてみるつもりだけどね」
「それ、採用されますよ。俺もその反対向きのキャブ怖えーもん」
「だよね。早速GW明けに相談してみる」
「今日帰ってから神崎さんに直ぐ相談してみたらいいんじゃないすか? 神崎さん、その辺はプロだし」
「あ、そーだよね!」
なんてな話をしながらご飯も食べ終わって――と言ってもちょっと足りないんだけど――取り敢えずお家まで送って貰ったんだよ。ああ、もう8時だよ。
「ありがと。今日メッチャ楽しかったよ。仕事のネタも増えたし、ちょっとマシンに近付いた感じ。ハンバーグも美味しかったよ」
「良かったらまた来て下さい。まだクレーンもやってないし。それまでにレパートリー増やして、次回は違う物ご馳走します」
「うん。期待してるね」
って言ってシートベルトを外そうとした時に、ガンタが急にあたしの肩を掴んだんだよ。
「え? な……」
急に視界が狭くなってさ。唇に柔らかいものが押し付けられたんだよ。
「ごめん。我慢できなかったっす。花ちゃん可愛すぎて」
「あ……まあ……いいけど」
って必死に余裕のあるフリをして見せたりしてさ。だってガンタより9歳も年上なんだよ、アラサーなんだよ、彼氏いない歴11年とかそーゆーの、悟られたくない訳なんだよ。とにかく何でもないよーな顔してクルマ降りたんだよ。
「じゃ俺、帰ります」
「うん、気を付けてね」
「はい」
青いGT-Rが見えなくなるまで手を振ったんだよ、そりゃそーだよ、灯りの点いてる家に入って行ったら、神崎さんと同居してるってバレちゃうもん。完全に見えなくなってから家に入ったんだよ。
「ただいま」
しーんとしてて返事無いし。リビング誰も居ないし。お風呂に入ってる感じでもないし。と思ってたら2階から神崎さんが下りてきた。
「山田さん、お帰りなさい」
「あ、ただいま」
「夕食まで食べて来るとは思いませんでした。楽しかったですか」
「うん」
「そうですか、それは良かったですね」
その割にはなんか棒読みっぽいよ。もしかして怒ってる?
「夕食はどちらで?」
「サイゼリヤのアラビアータ570キロカロリー」
「よくそれだけで我慢しましたね」
「帰ったらチアシード食べようと思って」
「おからのチョコケーキがありますよ」
「やった!」
「チョコケーキもありますが、あなたの為にタニタの体脂肪計付き体重計も買っておきましたので、良かったらお使いください。肥満度も測定できます」
う……。いきなりフルスロットル。やっぱ何かあるよね?
「夕食、もしかしてあたしの分作ってた?」
「いえ。作る前に連絡をいただきましたから」
「あの……怒ってる?」
「別に」
怒ってるようにも見えるよ。でもいつもこんなだからわかんないよ。
「随分遅くまで楽しまれたんですね」
って、目ぇ合わせてくれないし。
「うん。ガンタんちに『けんきんぐ』ってゆーゲームがあったんだ。それであたしも少しショベルを操作してみたの。専用コントローラもあって、本物そっくりだったよ」
そしたら神崎さんが驚いたような顔してるんだよ。
「山田さん、もしかして岩田君のところでずっと『けんきんぐ』をなさってたんですか?」
「うん。時間も忘れて。でもお陰で改善点が見えたよ。FB80から搭載したい機能が二つあるんだけど、聞いてくれる?」
「ええ、いいですよ」
なんかブスッとしてた神崎さんが急に目を輝かせたように、あたしには見えたんだ。
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