第117話 相手にとって不足なし
神崎さんの背中を追っかけてペダルを漕ぐのも今日で5日目。今更だけどやっぱカッコいい。何だろな、ホントこの人って何やらせてもカッコ良くていちいち癇に障る。口を開けば毒舌だし、あんまりあたしには笑顔見せてくれないけどさ。
なーんか、こんなにいつも一緒に居るのに、あんまり笑顔が無いってやっぱ嫌われてんのかな。あたしが鈍いだけなのかな。でも「あたしのこと嫌い?」って聞けば絶対に「そんな事はありませんよ」って言うのが目に見えてる。口調まで容易に想像できる。
あたし、こんなに神崎さんの行動パターン把握してんのに、その思考回路となるとサッパリわからん。大体さ、頭の良い人が何考えてるかなんて凡人にはわかんないんだよ。それがわかったら既に凡人じゃないんだよ。なーんて凡人がこんなしょーもない事を考えてるなんて、神崎さんには想像もつかないんだろうけどさ。
さっきの『けんきんぐ』で思いついたこと神崎さんに言ったら、彼ってば神妙な顔して「GW明け一番に本社に提案します。僕が資料をまとめてプレゼンします」ってそれだけ。イマイチだったのかな。
でも、車体カラーの話をした時もこんな感じだったし、神崎さん自らプレゼンするって言ってたから、もしかしたら神崎さんのツボにストライクだったのかも知れないけど。
神崎さんはいつものように秘密結社のアジトっぽいスパに入って行くと、また例によってウィンドブレーカーを脱いで鉄棒に引っかけるんだよ。それで当たり前のように鉄棒にぶら下がって懸垂始めたんだよ。
あたしは最近やっと脚が上がるようになったから、ブランコの柵に脚を乗せてストレッチを始めたんだよ。
「山田さん」
「ほえ?」
「先程の案ですが」
「?」
「車体旋回部の警告音の件とアウトリガー水準センサの件です」
「ああ……」
って言いながらも懸垂は止めないんだよ。喋りながらやってんだよ。ちゃんと数えてんの?
「今日は岩田君の所へ行っていただいて良かったと思います。まさかあなたが『けんきんぐ』をしているとは思いもよらなかった」
「だって、じゃああんな長時間何してると思ったの?」
「……いえ、その……別に」
「いくらなんでも、彼氏でもないのにお喋りだけであの時間は無いでしょ?」
「まあ、そうですね。ですが、今日、そういう仲になられたのかと」
「ならないならない」
てか、どーゆー仲だよっ。
「ですが……」
「何?」
急に神崎さんが鉄棒から下りて、こっち来たんだよ。なんだよ、なんなんだよ。って、プランクかい。脅かすなよ。そーだった、この人のプランクはブランコでやるんだった。ブランコプランクだよ。言いにくいな。
彼がいつものようにブランコの座面に腕を着いて、身体を倒しながら前の方に押し出してポジションを決めると、その柵に脚をかけてるあたしと正面から目が合ったんだよ。
「クルマを降りる前にキスなさってましたね」
え……見てたの?
「すみません。GT-Rのエンジン音が聞こえたものですから、山田さんがお帰りになったかと2階の窓からちょっと見たんです。そうしましたら、その、ちょうど岩田君が……」
「う」
「タイミングが悪かったと申しますか、ずっと見ていたわけでは無いんですが」
なんと答えろと?
「それであの時、山田さんと岩田君がそのようなご関係になられたものと思いまして、あなたにどう接していいかわからずに少々素っ気ない態度を取ってしまいました。すみませんでした」
「いえ、別に」
って神崎さんの口癖がうつっちまったよ。
「岩田君とお付き合いされるんでしたら、そう仰ってください。僕はただの同居人ですし、なるべくお邪魔にならないようにしますので」
「え、ちょっと、それは無いから。絶対無いから」
なんで強く否定してんだあたし?
てゆーか、『ただの同居人』って言う響きが、なんかグサッと来たんだけど。
「そうですか、絶対無いんですか。そういう事なら僕も手を抜きません」
「え? 何が?」
「相手にとって不足なしという事です」
「は?」
「意味が判らなければそのままで結構です」
「はぁ……」
意味が判んねーんだよ。ごめんよ、学が無くて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます