第114話 なにこれ
ガンタの家はそんなに離れてなかったんだよ。割と近かったんだよ。だから同じルートで会社に向かってたんだね。
小さなアパートの1階にキッチンの付いた8畳くらいの部屋に、押入れとユニットバスが付いてる。そこにベッドとカラーボックス、ローテーブルが置いてある。
そもそもあんまり物が置いてないせいか、男の子の部屋の割にスッキリ片付いてる。掃除も行き届いてて、慌てて綺麗にしましたって感じがしない。
壁際にはテレビ台があって、一人暮らしの割にデカいテレビが一つとゲームっぽいものがたくさん置いてあるんだけど、どれもこれもクルマのゲームばっかりみたい。しかもハンドルみたいなのとかペダルみたいなのまである。きっとリアリティを追究したゲームなんだろうな。
「もう下拵えしてあるんすよ。あとは焼くだけなんで、すぐできますから」
「あたしも手伝うよ」
「じゃあ、これテーブルの方に出して貰えますか」
「はーい」
って、スプーンと割り箸とコップ出して、2リットル入りのお茶のペットボトル準備して、ドレッシングとソースと、あ~なんかこういう感じ懐かしい。
ブルドックの中濃ソースとかカゴメのトマトケチャップとか、キューピーのノンオイルドレッシングとか。それと『家で割り箸』ってヤツ。懐かしい! 神崎さんと一緒に住むようになってから、ソースもドレッシングも全部神崎さんの手作りだから、こーゆーのが凄い久しぶりに感じる。
「こっちもOKっす」
「はーい、運ぶね~」
「ごはん、お皿でもいいすか? お茶碗無いんすけど」
「勿論いいよ。ファミレスだったらご飯お皿で来るもん」
コンソメスープと生野菜のサラダ。今、メインディッシュの焼き上がり待ちらしい。
「もうやる事無いんで座っててください」
「はーい」
肉の焼ける匂いがするよ。久しぶりの肉だ。最近は魚と鶏のささ身が多かったからなぁ。あ~肉食いてー!
「お待たせ~。神崎さんに上手に焼くコツを教えて貰っておいたから、初めて成功したっすよ」
って嬉しそうに両手にお皿を持って来て、あたしの正面に座ったんだよ。そのお皿には、美味しそうに湯気の立つハンバーグ。
……ちょっと待って。
なにこれ。
このメニューってさ。
「ねえ、このメニュー、ガンタが決めたの?」
「違いますよ、神崎さんがこの3つを作れって」
どういう事? 何がしたいの、神崎さん。
「どーかしたっすか?」
「あ、ううん、何でもない」
「どうぞ、食べて下さい。お口に合うかどうかわかんないすけど」
「はい。いただきます」
あの時が蘇る。周りが真っ黒焦げで硬くてそのくせ中身の焼けてないハンバーグ、漬物みたいにくちゃっとしたサラダ、給食の味のコンソメスープ。
だけどガンタのは違う。中までちゃんと火が通ってる。周りも程よく焦げ目が付いて美味しい。サラダもパリッとしてる。スープも給食の味じゃない。
なんで? 神崎さんが作るならわかるけど、ガンタが作ってもこうなるんだ。逆にあたしが作ると美味しくないんだ。なんでだろう。
「美味しいよ、すっごく。あたしが作るよりずっと上手」
「神崎さんのお陰っすよ。もう他の物でも上手に作る自信つきましたよ」
「ね、これ、どういう順番で作ったの?」
「どういう意味すか?」
「どれを一番最初に作ったの?」
「同時進行すよ。俺もそこんとこ神崎さんに念を押されたんすよ。まずスープ作って、ハンバーグ作って、ってやり方すると、必ずどれかが冷める。全部同時に出来上がるようにしないと次々出てくるフルコースじゃないんだから、美味しいものも美味しくなくなるって。だから何をするか最初に全部洗い出して、優先順位を考えながら同時進行で作るらしいんすよ。これがちゃんとできるようになると、仕事も優先順位を考えて効率よく進むようになるって」
「仕事?」
「うん。料理と仕事は同じようなモノだって言ってたんすよ。クルマの運転も。神崎さんらしい考え方っすよね。俺なんかもう神崎さん超リスペクトっすよ」
そうなのか。洗い出ししないで目の前のモノからやっつけて行こうとすると、全体を見た時にバランスが悪くなるんだ。まず全体像を把握してから始めるのか。それがただのプログラマ・山田花子とFB80主担当・神崎秀一の違いなんだ。
みんな繋がってる。仕事もお料理もクルマも。きっとあの人の中では他の色々なことがみんな繋がってるんだ。だから何をやらせても無駄が無くて合理的なんだ。
歳なんか殆ど違わないのに、あたしは何やって生きてたんだろう。どれだけ無駄な時間を過ごしてたんだろう。ガンタだって今日までお料理練習して、神崎さんに料理のコツまで聞いて、努力してその成果をあたしに発表してるんじゃん。
あたしはどうだった? 思いつきでメニュー決めて、練習もしないでぶっつけ本番で作って失敗して、不味いって言われて落ち込んで、そりゃアイツだってみんなに言いふらしたりしたけど、そもそもあたし何も努力してないじゃん。
ガンタみたいに下調べして練習してたらあんなフラれ方しなかったかもしれないし、カバにもならなかったかもしれないじゃん。
あたしのカバだった11年間は、あたし自身が作ったんじゃん!
「花ちゃん? どうしたんすか? 不味かったすか?」
「ううん。メチャクチャ美味しい。あたしさ、今これ食べて、11年間気付かなかった事に気づかせて貰ったんだよ。ガンタ、ありがとう。本当にありがとう。ガンタのお陰だよ」
「え……?」
ガンタはポカンとしてたけど、そんな事はどうでもいい。あたしはきっと生まれ変われる、そう確信したんだよ。
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