第113話 灰汁抜きですよ
帰ってから神崎さんは早速山菜の処理? をしてたんだよ。なんか薄いビニールの手袋してさ、ワラビの頭のボロボロしたとこ取ってんだよ。ダイニングテーブルに新聞紙広げてさ。
なんだか簡単そうだし、あたしも一緒に手伝ったんだよ。お喋りしながら一緒にやってるとなんか楽しいんだよ。
「ワラビは山田さんにお任せしても構いませんか? 僕はタラの芽とウドの方を下拵えしたいんですが」
「うん、いいよ。これくらいならあたし一人でもできるし」
「助かります」
今度は神崎さん、ウドの皮を剥き始めたんだよ。包丁を端っこに入れてさ、そのままスーッと引くんだ。繊維に沿って綺麗に皮が剥けるの。それをどんどん短冊切りにして、水を張ったボウルに入れていくんだよ。
「それ、何してるの?」
「灰汁抜きですよ」
「水に浸せばいいの?」
「こういう場合は『水に浸す』ではなく『水に晒す』という言い方をするんです。実際これは酢水ですが」
「神崎さんて、ほんと何でも知ってるよね」
「そうでもありませんよ。僕は偶々アウトドアと料理が趣味だったので知っていただけです」
なんて言ってる間にウドも綺麗に短冊になったよ。青い部分はどうするんだろう?
「ちょっと天ぷら作りますね。タラの芽は採りたての天ぷらが一番おいしいので」
って言いながら小麦粉と氷を出して来てる。とにかく早い。手際がいい。お喋りしながら手順も考えてるんだ……。
「ねえ、さっきガンタのクルマ、最初から神崎さんが運転してた?」
「いえ。岩田君が運転してましたよ。引き返してくるときに彼が『運転してみませんか?』と声をかけてくれたので、遠慮なくそうさせていただきました」
「そのさぁ、フィガロのなんとかシートってどうだった?」
「レカロのセミバケットですか?」
「それそれそれ」
「別に……乗り慣れてますから」
「神崎さんのゴキ……レガシィはノーマルシートじゃん」
「お忘れですか? 僕はラリーやってましたから」
そうだった。お忘れでした。
「なんか派手にかっ飛ばして、派手な停め方したよね?」
「そうですかね? 初めて乗る車だったので勝手がわからなくて、慣れるまでちょっと大変でしたが」
慣れねークルマでスピンターンかよっ!
「シートがセミバケと言うだけで随分楽でした。もしもまた山田さんとこちらに出張になりそうなら、セミバケ買った方が良さそうですね。助手席も」
「なんでよっ」
「山田さんが毎朝号泣して遅刻しそうになってもこれならOK」
「その前に道交法違反してるし」
「それもそうでした。やはりそれはまずいですね」
「てゆーかさ、また出張になったら、一緒に住むの?」
「え?」
神崎さんの声が1オクターヴ跳ね上がった。と同時に眼鏡がずり下がった。
「一緒に住もうね、と昨日言われたばかりではありませんでしたか?」
「うん、そうなんだけど。神崎さん、あたしと一緒じゃなくて、別の人と一緒に住む事になったりとかしないかなって」
「そんな事はありません絶対にありません寧ろありえません断固お断りします」
そこ、そんなにノンブレスで力強く否定するところか?
「ねぇ」
「はい」
「ガンタとどんな話したの?」
「クルマの話ですよ」
目が泳いでる。いつもポーカーフェイスなのに、偶にすっごい顔に出る。平静を装ってズレた眼鏡を直してる。
「それだけ?」
「……いえ」
「神崎さんて正直だね」
「顔に書いてありましたか?」
「うん」
明日の事だよね。
「料理のコツを教えておきました。明日、彼が失敗しないように」
「そっか。神崎さんが先生なら、きっとガンタ完璧に作るよね」
「ええ、カロリーオフにする裏技も伝授しておきましたから」
「ありがと」
「……いえ」
といいつつ。あたしも神崎さんもなんかちょっとビミョーに複雑な感じになっちゃって、その後は黙って山菜の処理したんだよ……。
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