第106話 ピンクのフォークバケット
「花ちゃんの案、承認されたらしいわね」
いきなり主語の欠落した言葉で同意を求められても返事ができないんだな、これが。
「何がですか?」
「やーだ、ピンクダイヤモンドよ~。聞いてないの?」
「え、まさか車体カラー?」
「そ」
城代主任、語尾にハートマークや音符マークが付いていそうな感じの喋り方がフツーに似合う41歳だよ……。羨ましいよ。美人は何やってもOKなんだよ。
「どこのメーカーも黄色やら紫やら緑やら朱色やら、どギツイ目立ち方してたでしょ? そりゃ建機なんだから目立ってないと危険だけどね。だけどまさかまさか、パステルカラーで目立たせるなんて発想、花ちゃんならではよね」
「デザイン部門の人にアホかって言われるかと思ってドキドキしたんですけど」
「そんな訳ないでしょ。あの神崎君がオンライン会議で直接プレゼンやったんだから。彼、カラーコーディネイター資格あるんでしょ、説得力あったわよ。私リアルタイムでプレゼン見てたもの」
「え……見たかったなぁ」
「録画してあるわよ。後でコピーしてあげるから」
「ほんとですか、ありがとうございますぅ!」
「素敵だったのよ、彼。『ピンクの建機なんかあり得ない』って言った本部長に正面からピシャリよ。『何を根拠に有り得ないと仰るんですか? どこにでも転がっているようなありきたりな製品ではユーザの目には留まりません。ヴィジュアルで気を引き、内容で勝負する。ウチの建設機械はどこのメーカーと並べても性能面で優れていますから堂々と真っ向勝負できますよ』ですって。あれ見たら、花ちゃん惚れるわよ!」
すげ……本部長に。かっこええ……。てか城代主任、神崎さんのマネ上手い。
「あ、本人が来たわよ。後は神崎君から直接どーぞ」
って行っちゃったよ。ランランしながら。
「山田さんこちらにいらしたんですか。いいお知らせがあるんです。先日山田さんから案をいただいた車体のボディペイントなんですが」
「ピンクになったんだって?」
「城代主任からお聞きになりましたか」
と、さりげにあたしの隣に座るんだな。
「うん。神崎さんのプレゼンが凄いカッコ良かったって」
「あれは案が良かったんですよ。車体カラーをチューリップから発想するなんて、とても僕には考えられませんから」
「でも、あたし『ピンクダイヤモンドの色』としか言わなかったから。ピンクって言ってもたっくさん種類あるでしょ?」
「ええ、3000種くらいのピンクを選んでその中から少しずつ絞って行って、最終的に5種類まで絞ったんですよ。ここにカラーサンプルがあるんですが、この小さな紙で見るのと、実際にボディペイントを施した状態で見るのではまた雰囲気が変わりますので、選ぶのは難しいとは思うんですが。山田さんはどのピンクがFB80に似合うと思われますか?」
って言われてもね。見分け付かねーよ……。
「Aはマゼンタ255、グリーン230、ブルー238。Bはマゼンタ255、グリーン230、ブルー249、Aは暖かい雰囲気ですがBは少々ブルーに偏ってますので爽やかな感じです。Cは……」
「ごめん、同じに見えるんだけど」
「あ……。そうですか、失礼しました。ではイメージだけ伺いますが、暖かい感じと、爽やかな感じと、力強い感じと、落ち着いた感じと、元気な感じ。どれがいいでしょうね。企業イメージなども考慮していただけると助かりますが」
って言われても……。
「どれも違う」
「は?」
「暖かい必要ない。爽やかな必要もない。力強いのなんて建機だから当たり前。落ち着き過ぎても躍動感が無い。元気なだけならあたしと変わらん」
「山田さんの思う、FB80のイメージは、一言で表すならどんな感じですか」
「うーん。イメージというか、求めるもの……」
「いいですね」
神崎さんのイメージなんだよ。そこに親父さんのイメージとヨッちゃんやガンタや浅井さん、城代主任に恵美と沙紀と萌乃。
「安心感?」
「……なるほど」
「任せておけるって感じの」
ほえ? 神崎さん? 何度も何度も頷いて。
「山田さん」
「ん?」
「あなた本当に天才です。人目が無かったら抱きしめたいくらいです」
「はぁ?」
「素晴らしい。『安心感』それだ」
「はあ……」
「もう一度『安心感』でピンクを練り直して来ます。ありがとうございました」
え? え? え? 行っちゃったよ。と思ったら後ろから来た浅井さんが肩を竦めてボソッとあたしに言ったんだよ。
「ゴチャゴチャ言わんとハグすりゃいいのにねぇ、花ちゃん?」
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