第105話 コンマ8
「今日はクレーン作業が多くなります。周囲の安全を十分確かめて事故の無いように作業してください。では、今日は周囲の安全で行きます。周囲の安全よーし!」
「周囲の安全よーし! ご安全にっ!」
またやってる。本当に毎朝やるんだ。さっきまではラジオ体操やってた。今度一緒にやろうっと。「ご安全に!」だな。
「山田さん、よそ見してると危険ですよ。ここは開発じゃないんですから、少しの気の緩みが事故に繋がる事を忘れないでください」
って、ワイシャツ姿で「危険だから」という理由でネクタイ外して、頭にはヘルメット、目元には安全ゴーグル(勿論どっちもミドリ安全ブランドだよ)を装着し、右手にグラインダーを持った神崎さんに注意されたんだよ。
確かにここはいろんな危ないもんが勢揃いしてるもんね。しかもあたしまで無理矢理神崎さんに安全ゴーグル付けられちゃった。こんなに離れてるのに、神崎さんてば心配性なんだから。
「製造部門に来るときはいつもの感覚で居てはいけませんよ。油圧機器の圧力が高い状態で油圧ホースを外して、手に穴が開いたケースもありますから。自分が注意していても近くの人のミスで怪我をする事もありますからね」
「はーい」
なんか神崎さん、はぁって溜息つくんだよ。
「……本来ならあまり山田さんを製造に連れて来たくないんですが」
「でも、こーゆーの本社じゃ見れないもん。ここでよーく見ときたいし。それに神崎さんが一緒に居てくれたら安心じゃん」
「まあ、その為に一緒に来てるんですが。それでも僕だけでは守りきれない部分もありますからね。嫁入り前の身体に傷でもつけたら大変ですから」
「いいよ、そしたら神崎さんに責任とって貰うし」
「では積極的に傷つけましょうかね」
「なんでよっ!」
「責任取りやすくなりますから」
「もー訳わかんないし」
「もうゴーグル外していいですよ。終わりましたから」
「ちょっと形変わったね」
「これで昇圧器と蓄電器と冷却装置がまとめて収納できる筈なんですが。これを元にまた少々図面を書き直さないといけません」
「何でもやるね、神崎さんは」
「好きでやってるので苦になりませんよ。さ、戻りましょう。いつまでもここに居座ると、製造の方の邪魔になりますので」
そう言うと、神崎さんはさっさと道具を片付けて、製造の人たちに挨拶して来るんだよ。とにかくやる事なすことスマートで無駄が無いんだよ。あたしとは大違いなんだよ。
設計フロアに戻る道すがら、神崎さんてばいろんな人に声かけられるんだよね。そう言えば殆ど設計フロアに居ないもんなぁ、設計の人なのに。こうやって毎日製造部門やら試験部門やらを往復してるから、いろんな人に顔を覚えられてるんだろうな。
「ねえ、神崎さん」
「なんですか?」
「聞きたかったんだけどさ。昨日親父さんが言ってたコンマ8って何のこと?」
「コンマ8グレードマシンの総称ですよ」
「だからそのコンマ8ってのがわかんないの。コンマ4とかも言ってたし」
「ああ……山田さんはご存知なかったんですね。そうか、本社の設計ではそういう言葉を使わないか……これは盲点でした。早速本社の社員教育の項目に追加するよう報告を入れておきます」
「あ、うん、それで結局そのコンマ8って何?」
「バケットの容量ですよ」
「バケット一掬い分?」
「そうです。0.8立米なのでコンマ8」
「りゅーべー?」
「立方メートルで立米」
「ああ、0.8立方メートルね」
「標準的な土の比重が約1.6なのでコンマ8で約1.2~1.3トン掬える計算になりますね。勿論粘土質や岩石質になれば比重は変わりますが」
てか、マジすげー。
「ねえ、なんで神崎さんてそんなに物知りなの?」
「これくらいなら試験場の人なら常識ですよ。きっと設計部門でも城代主任や浅井さんはご存知ですよ。本社ではあまりマシンに接する事もありませんし、マシンに接している製造さんとお話しする機会もありませんから。その点、ここに居ればその辺りの言葉は普通に使いますからね。東京でも現場の人は普通に使いますよ」
「へ~、そうなんだ……。あたしってほんと何にも知らないんだなぁ。よく今まで普通にこの会社でやって来れたよね」
「本社ではあまり関係ありませんからね。でも知っているだけで全然違いますよ。親父さんが山田さんを本社に返してくれますかね」
「え?」
「もう山田さんはここに無くてはならない人材になってますから」
それ、「山田さん」の部分「神崎さん」の間違いじゃない?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます