第101話 ご安全にっ!
「今日は天候が悪いので、足元が滑りやすくなっています。マシンの乗り降りの時には必ず三点支持を守って確実に足元を確認してください。では、今日は足元確認で行きます。足元よーし!」
「足元よーし! ご安全にっ!」
なんだありゃ? 何かの新興宗教か? なんでみんなで復唱する? なんで腰に手を当てて人差し指を出す? ……なんて思ってたら、思いっ切り顔に書いてあったのか、親父さんが笑い出したんだよ。
「ああ、花ちゃんはあれ見た事無いんやな?」
「なんですか、あれ」
「製造部門や試験部門みたいな危険を伴う部署はみんなああやって朝イチに安全確認するんやで。建設現場や工事現場なんかでもみんなやってはる。よう駅のホームでも駅員さんがやってはるやろ、あれと一緒やな。その日の天候や進捗状況、使っているマシンによって毎日確認内容が変わるんや。今日は雨降りやし足元が滑りやすうなっとる、こんな日ぃに気ぃ抜いたら怪我してまうやろ」
「雨の日に外でやる作業なんてあるんですかぁ?」
「試験部門はようやってはるなぁ。量産前の耐久試験のときなんかは、実際に使う時と同じ環境で試験せぇへんやったら意味がない。雨の日でも現場は動かはるからなぁ。まあ、雨の日ぃはヒートバランスは見られへんやろがなぁ」
「ふーん……大変ですねぇ」
「花ちゃんもここで製造・試験現場をよう見て行きや。本社に戻ったら現場なんかもうそう見れるもんとちゃう。何のかんの言うても、現場を見てる人と見てへん人では、同じソフト作るんでも全然違うモノになる。そういう意味でも花ちゃんはここで現場を見てはるんやから、貴重な人材になる事は間違いあれへんよ」
「そうですよねー。自分の作ったソフトがどんなふうに使われてるのか、使った人の反応なんかもリアルタイムで見れるし、ここに長期出張できたのはあたしにとって凄い財産ですよねー。なんかもう、本社の誰にも負ける気せえへんわ!」
「はっはっは、花ちゃんもう関西人やな」
「あははは~」
って笑ってたらヨッちゃんが来たんだよ。
「花ちゃんお~はよ!」
「あ、おはよーございまーす」
「聞いた? コンマ8マシン、殆どハイブリッドで作る方向で調整してるんやて。神崎さんの設計で思いの外効果が出たゆーて、本社が気を良くしてもーたらしいで」
「え? ほんと? すごーい! あたしたちのFB80が販促本部をその気にさせた?」
「そーゆーこっちゃ! こりゃーバーベキューで大いに盛り上がんで~」
「やっほ~う」
「ほらほら、ここは会社やで。盛り上がるんは明後日までとっとき」
「へ~い」
親父さんにたしなめられたけど、親父さんもまんざらでは無さそうだよ。
「いずれコンマ4辺りもハイブリッドで調整するんやろな」
親父さんが目を細めて言っている。この人にとって自分たちの作ったマシンは自分の子供の様なものなんだろうな。コンマ8とかコンマ4とかなんのこっちゃ全然わからんけど、みんなハイブリッドにしてあげるからね。あたしのピンクダイヤモンドカラーで統一したメインパネルを標準装備にするのだ。
なんて思ってたらさ、溶接さんの中から神崎さんが出て来たんだよ。なんであんた溶接んとこに居るんだよ?
「山田さん、こんなところで珍しいですね」
「神崎さんこそ」
「僕はしょっちゅうここに居ますよ」
何やってんだこんなとこで?
「ほんなら俺は戻るわ。神崎君、設計に戻るんやったら花ちゃん連れてったってな」
「はい。了解です」
って親父さん、ヨッちゃん連れて戻っちゃった。で、あたしは神崎さんと二人になった訳で。
「今晩はランニングできませんね」
「そうだね、雨の日はどうしてるの?」
「走らないだけで、部屋で筋トレしますよ。今日は山田さん専用のプランクの仕方を教えましょうか」
「うん。一緒に筋トレするよ」
「帰ってからの楽しみができました」
「神崎さん、筋トレさえ楽しみなんだね」
「違いますよ。あなたと一緒に筋トレするのが楽しみなんです」
どう受け取っていいのかよくわかんなくて、あたしはそのまま何も言えなかった。
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