第100話 シュウイチ

 今日は朝から雨降りなんだよ。あたしは雨降りが嫌いなんだよ。なんか薄暗いじゃん? 気分も滅入るじゃん? だからさ、なーんか好きじゃないんだよ。

 洗濯物を干す手もついついダラダラしちゃうんだよ。なのにさ、神崎さんてば天気なんか無関係にいつものようにテキパキと家事をこなしてるんだよ。


「山田さん、朝食できましたよ」

「はーい」

「どうしました? 今日は仕事が捗りませんね。手伝いますよ」

「雨、嫌いなの。暗いから」

「……僕もです。洗濯物が乾きませんから」


 なんかおかしくて二人でクスクス笑っちゃった。だって、雨が嫌いな理由がそこかい? って感じじゃん? なんか発想が主婦だよ、この人。


 昨夜は結局あれからどうでもいいような話を少しして、すぐ眠くなったから2階に上がったんだけどさ。神崎さん「僕に付き合えと言う事ですね?」なんて言った割に、あたしが2階に上がってもまだしばらく下にいたみたい。また下ごしらえとかしてたのかな? 神崎さんって、睡眠時間足りてんのかな? いつも早起きだけど。


「秀一さん」

「……はい?」

「って名前だったよね?」

「はい」

「聞いただけ」

「そうですか」

「ねえ、兄弟とかいるの?」

「ええ、いますよ。2つ下の妹が」

「あ、そっか。女性心理をリサーチした時のあの妹さんね」

「それです」

「お父さん、どんな仕事してるの?」

「……どうして急に?」

「ん~、何となく」


 そこで洗濯物を干すのが丁度終わったもんだから、二人でご飯にしたんだよ。

 今日も朝から美味しそうだよ。白身魚とキノコのレンジ蒸しには大根おろしのたっぷり入ったタレがかかってるし、お豆腐にはナメコとカニカマの餡かけがかかってんだよ。こっちはオクラとセロリときゅうり、何だろ、胡麻油の香りがしてる。汁物は今日はお味噌汁じゃないぞ?青い葉っぱの入ったスープみたい。


「これ何?」

「ああ、モロヘイヤのスープです」

「何で味付けしてあるの?」

「チキンコンソメと醤油、味醂です」


 訊くだけ無駄だった。チキンコンソメと味醂がどんな役割を果たすのかわかってないし。


「美味しいね、モロヘイヤのスープ」

「山田さんは何でも美味しそうに食べてくれますね」

「だって美味しいもん」

「山田さんと一緒に食べていると、いつもの3倍美味しく感じますよ」

「そう?」

「ええ。あなたの笑顔は最高の調味料ですね」


 え、なんか、すっご嬉しいんだけど。でもせめて笑顔で言ってよ。


「父は会社を経営してます」

「へ?」

「妹が会社を継ぐことになってるんです」

「あ、さっきの話?」

「ええ、途中でしたので」

「神崎さんて二人兄妹なの?」

「はい。ですが僕は経営には向いていない。現場の方が合ってるので、経営の得意な妹に会社を任せる事にしたんですよ」

「何屋さんなの?」

「建設業です」

「え、そうだったの?」

「僕は小さい頃から家の裏にあったミニショベルや小型クレーンで遊んでましたから、あの辺は体の一部のようなものなんです」

「えええ? 小さい頃って?」

「小学校4年生くらいの時にはもう乗り回してたかな。私有地だったんで誰にも何も言われませんでしたよ。土を積み上げたところにミニショベルで登って、マシンがひっくり返ってあわや大惨事なんて事も何度かありましたが、何故か毎回運良くかすり傷程度で済んでましたね。その度に何が危険なのか体で覚えて来ました」

「だからあんなに上手いんだ……」

「僕は父の会社……間もなく妹の会社になりますが、そこで主に扱うマシンを開発したくてこの会社に入ったんですよ。妹から作業現場の声がいくらでも入ってくる、それを開発現場に直ぐに届けられる。需要に対する供給が速やかに行われるんです。そういう位置関係でありたかったんですよ」

「ふうん……」

「山田さんは?」

「ほえ?」

「何故この会社に?」


 え……それを聞くか。


「何となく。あちこちたくさん受けて、ようやくこの会社が拾ってくれたってだけ。ソフト開発やらせてくれるならどこでもいいやって思って。だってあたし、ソフト開発くらいしかできないんだもん。ほんっと、徹底的にあちこち落ちまくってさ。神崎さんみたいに何でもできれば、どこでも雇ってくれるんだろうけどな……」

「僕にできなくてあなたにできる凄い事があるじゃないですか」

「そんなもの無いよ」

「ありますよ」

「何?」


 そしたらさ。神崎さん、フッと微笑むんだよ。あたしはこの顔に弱いんだよ。


「みんなを笑顔にする事です」


 やっぱり一発KOだった……。

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