第99話 眠れねー

 眠れる訳がないんだよ。そーだよ、あたしはこう見えても結構可愛いとこあんだよ。だってさ、高校ん時の彼氏だよ、あのこっぴどくあたしを振ったヤツは。つまりさ、あれからあたしには彼氏が居なかったんだよ。男っ気ナシのままここまで来たんだよ?

 いえね、確かに男友達はたくさん居たよ? ほら、あたしがこんなだから、変に『おんなおんな』してなくて付き合いやすいってさ、同性みたいな扱いでよく一緒につるんだりしてたよ。だけどさ、あくまでも友達って扱いでさ、女性として扱われた事ないしさ。


 それがここへ来ていきなりだよ。ガンタ! このデブデブのあたしにいきなりコクるか? しかもなんかマジっぽいし。確かにいい子だけどさ、あたしより9歳も歳下なんだよ? 弟通り越してるじゃん。

 しかも神崎さん、あれは確かに毒舌個別指導教官だけどさ、だけどあたしをちゃんと女性として扱ってくれるんだよ。


 ……剰え、なんだ、今日のあれは。

 いやああああああああああ、恥ずかしすぎる! 思い出すな花子。顔から火が出る。『京丹波で大規模な火災発生。火元は某賃貸マンション2階に住む山田花子さんの顔面からの自然発火とみられます。尚、同居していた同じ会社の神崎……』あ、そう言えば神崎さんの名前知らんわ。てか今、神崎さんの名前なんかどーでもいいし! てか寧ろ火元の確認なんかもっとどーでもいいし!


 つーか、どういうつもりよ神崎さん! 死ぬだろフツー! 死なねーか、いやあたしは死にそーだったんだよ、死にかけたよ。心臓が口から出そうだったよ、そりゃあんたは心臓が鼻から出そうだったんだから、あんたの方が重傷だったのは認めるよ。だけどさ、神崎さんだよ? あのイケメンだよ? あんなのが至近距離に入ってみなよ、ショック死するって。今生きてるのはミラクルだって。

 あんな、息がかかるほど……いやあああああ、ちょっと待ってよ、なんか唇掠めたよね? 接触したよね?

 いっやどーしよマジで、いっや恥ずかしすぎて眠れないし。てーかもうこのベッド寝られないしっ。ここで横になると思い出しちゃうじゃんっ。

 神崎さんの顔、神崎さんの大きな手の感触、神崎さんの低く掠れた声、神崎さんの重み、神崎さんのくちび……いやあああああ、ダメだ、無理、あかん、どうしろってのよ、眠れねーよ!


 あたしはガバッと起きて部屋を出たんだよ。だってもう、喉渇いちゃってさ。階段下りてったらさ、うおあああ! いたんだよMr.ミドリ安全が! 逃げようにも目が合っちゃったんだよ。


「山田さん、お茶ですか?」

「う、うん……」

「今日はプーアル茶も作ってありますよ」

「じゃ、それ飲む」

「座っててください」


 神崎さんはいつものようにコップにプーアル茶を入れて持って来てくれたんだよ。その神崎さんは、やっぱりいつも通りの神崎さんで、あたしが暴れて眠れなくなるような神崎さんじゃないんだよ。


「どうぞ」

「ありがと」


 神崎さんは目の前で緑茶を飲んでるんだよ。二人で向かい合ってるのに何も言わないんだよ。


「あ、あのさ、神崎さん」

「なんですか」

「あの、さっきふと思ったんだけどさ、神崎さんの名前、知らなかったなって」

「僕の名前ですか?」

「うん。……教えて」

「シュウイチ。秀才の秀に一番の一で、秀一です」

「神崎秀一さんなんだ」

「ええ」

「似合うね」

「そうですか?」

「一番秀でてるから秀一」

「秀でるまで人一倍努力しろと言う事かと思っていましたが」

「だからそうなったんだね」

「そうですね、努力が足りません」

「違うよ、逆だよ。努力の結果が今の神崎さんだよ」


 そしたら神崎さん、大きな溜息つくんだよ。


「僕は何もできませんよ」

「何でもできるじゃん。クルマの運転も上手いし、料理もできるし、頭もいいし、何でも知ってるし」

「こんなに一緒に居ても、あなたの考えている事すらわかりません」

「あたしの考えてる事?」

「ええ」


 そんな事無いじゃん。いつもお腹減ったとか、寒いよーとか、言う前にわかってくれるじゃん。


「今あたし何考えてると思う?」

「プーアル茶のおかわり」


 って言いながら冷蔵庫から冷茶ポットを持って来てくれる。当たったよ。しかも即答だよ。てか寧ろそこは外せよ。


「やっぱわかってるじゃん」

「その後がわからない。あなたがどうしたいのか」

「ここで神崎さんとお喋りしたい」

「僕なんかと喋ってもつまらないでしょう」

「じゃあ撤回する。喋らなくていい。一緒に居たい」

「……え?」

「一人だとしょーもないこといっぱい考えちゃうから。眠くなるまでここに居る」

「僕に付き合えと言う事ですね」

「うん」

「ワガママですね」

「うん」

「いいですよ」


 神崎さんがまたあの優しい目で笑ったんだよ。なんかあたしホッとしたんだよ。


 てかなんであたし神崎さんに甘えてんだよ!


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