第98話 バクバク
あたしはバクバクしたままランニングについて行ったんだよ。神崎さんはさっきの事なんか無かったかのように、いつも通りの飄々とした様子であたしに接してくるんだよ。あたしなんか、もう、神崎さんに声かけられるだけで倒れそうなのにさ。
だけど考えようによっちゃ、神崎さんがいつも通りだから助かってるのかも知れない。神崎さんまであたしみたいになってたら、もうこの先一緒の家になんて住めねーよ。
……とかそーゆー事を悶々と考えてるのはきっとあたしだけなんだろうけどさ。けっ。
で、今日は神崎さんがウィンドブレーカーじゃ寒そうだったからってんで、ジャージの上着を貸してくれたんだよ。うん、こっちの方が厚手だ。でも残念ながら神崎さんの匂いがしない。柔軟剤の匂いだ。いや待て、柔軟剤の香りで良かったのかも知れない。これで神崎さんの匂いの付いたジャージだったら、自転車漕いでる間中ずっとバクバクしちゃうじゃん。てか、このジャージでも十分ドキドキだけど。
で、今は神崎さんがまたブランコでフランク? クランク? なんだっけアレやってるんだよ。あーあ、神崎さん、何考えてんだろ。てかフツーに時計見てるだけだよね。2分きっかり。懸垂やらドラゴンなんとかも数えてるだけだよね。
「山田さん」
「は、はいっ」
「体が冷えるといけませんから、山田さんも何か軽いストレッチでも如何ですか?」
「あ、うん、そうだね」
「こんなのどうです?」
神崎さんはブランコの柵に片足をひょいと乗っけて上半身を倒したんだよ。
「これなら気持ちよく太腿の裏側が伸びますよ。真横を向いてやれば腿の内側に効きます」
「やってみる」
脚が上がんねーよ!
「手伝いましょうか?」
「ひゃっ! いっ、いい!」
いかん、神崎さんに触れられると思い出してドキドキしちゃうんだよ。
「山田さん。もしかしてさっきの……怖かったですか?」
「あ、ううん、怖いとかじゃなくて」
「すみません。怖がらせるつもりは無かったんですが、つい心配で。勿論、僕の個人的欲求も手伝ってはいましたが」
「へ?」
「あ、いえ、何でもありません」
「あの、怖かったわけじゃないから、大丈夫」
「怖かったんじゃなければ何だったんですか」
「え……」
そこ、ツッコんで聞くとこかよ。
「いや、その、ただ、ドキドキして……」
「何がそんなにドキドキなさったんですか」
「え、その……」
「その?」
「だ、だって、神崎さんがそんな……」
「なんですか?」
だからツッコんで聞くな!
「そんな、至近距離に入るなんてさ……」
「そうですね。僕も自分でやっておきながら心臓が鼻から出るんじゃないかと思いました」
「いや、それ無理でしょ」
「そうですね。ですがあの時はアレグロくらい、厳密にはメトロノーム132くらいのテンポで僕の心臓は動いてましたから。しかも不整脈」
細けーし!
「今もです」
「……え?」
これはどう受け取ったらいいんだ? まさか神崎さん、またとんでもないことを考えてるんじゃ?
「ドラゴンフラッグはまだ慣れてなくて。プランクから立て続けにやると、結構息切れするんですよ」
そっちかよ! 紛らわしいな!
「そろそろ行きましょうか」
「うん……」
落語やってんのか真面目な会話なのかわからんまま、とにかく帰る事にしたんだよ。
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