第97話 ちょ……!

「ちょ……神崎さん!」


 ビックリしてあたし神崎さんの肩を押し返したんだよ。でも簡単に手首摑まれてベッドに押し付けられちゃったんだよ。何だこの馬鹿力!

 そりゃーそうだよ、この伊賀忍者は毎晩ランニングしてクランプ? プランク? なんかして、懸垂して、スクワットして、ロッキーだか燃えよドラゴンだか、あ、そうそうドラゴンなんとかってのやってるんだから。


「岩田君がこういう行動に出ないと言いきれますか?」

「えっ、だ、だって、カバだよ?」

「カバではないと何度言ったらわかるんです。あなたは山田花子さんです」

「そーゆー問題じゃなくて、あたしだよ? この、あたし、だよ?」

「だからです。岩田君はあなたに好意を寄せています。好意を寄せている女性と二人きりの部屋ですよ。もう一度聞きますが、彼がこういう行動に出ないと言いきれますか?」


 てか、この状態で上から見下ろして言わないでよ、すっごい威圧感じゃん! って、この状態で下からは見られないか。セルフツッコミ入れてる場合じゃないし! 淡々と言うから怖えーし!


「ガンタはそんな事しないよ」

「何を根拠に」

「根拠は無いけど」

「では聞きますが、この後僕があなたに何もしないと思いますか?」

「えっ?」


 どーゆー意味だよ!


「聞こえませんでしたか? 僕が、この状態で、この後あなたに何もしないと思いますか?」

「えっ、えっ……神崎さんが?」

「そうですよ」

「あたしに?」

「そうですよ」

「何もって、何もしないでしょ? ……ぃやっ……ぁ」


 急に神崎さんがあたしの上にのしかかって来たんだよ! 重いんだよ! この細マッチョ! 顔が目の前なんだよ。ちょっとでも動いたら唇が触れてしまいそうなんだよ!


「ご存知ではないのですか? 男は好きでもない女性だって抱けるんですよ。まして好意を寄せている女性と二人きりで居たら理性なんか簡単に飛びますよ」


 何~、凄い低い声で囁くのやめよーよ。神崎さんが喋ると、息がふわっと顔にかかるんだよ。偶に彼の唇があたしの唇を掠めたりするんだよ。あたしはもう、心臓が口から飛び出しそうなんだよ。


「僕が今その気になれば、あなたを僕の物にする事など容易い事だ」

「ぁ……か……んざき……さん……」


 と。いきなり神崎さんが起き上がったんだよ。


「大丈夫です、僕は何もしませんよ。ですが岩田君は若い。そんな艶っぽい声を出されたら、箍が外れるのは簡単です」


 そう言いながら、あたしの背中に手を添えて起こしてくれたんだよ、憎たらしいほど無表情で。でも、あたしはもう神崎さんにちょっと触れられるだけでも恥ずかしいくらいビクンとしちゃって。


「ここの地図を僕から岩田君に渡しておきます。それだけで彼はちゃんと自制できますから」

「……うん……ありがと」


 って言っていいもんなのか悪いもんなのか、あたしには判断できないんだけど。


「用件はそれだけですか?」

「うん。……ごめん、勉強の邪魔して」

「いえ、脅かしてすみませんでした」


 あたしは29歳にもなって、こんな事でバクバクしたまま神崎さんの部屋を出たんだよ……。



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