第96話 仮面舞踏会

 やっぱさ、ガンタに誘われた事は神崎さんに言うべきだよねって思ってはいるんだけどさ。何なのよー、今日に限って神崎さん、夕ご飯食べたっきり部屋に籠っちゃってさ、下りて来ないのよー。何やってんだよ、いつもなんやかんやで下りてきてさ、そんでまた11時頃になるとランニングの為に部屋に着替えに行くじゃん。なんで今日は今から部屋に籠っちゃってんのよー。

 かと言ってさ。その話をするためだけに神崎さんの部屋にわざわざ訪問するのもまた変なもんじゃない? 別の用事のついでに、とかならまだいいけどさ。でも言わない訳にもいかないし。あーんもう、下りて来いよ神崎!

 しかーし、下りてくる気配全く無いんだな。微塵も無いんだな。仕方ないんだな。こうなったら行くしかないか。


 あたしは叱られに行く子供の様にドキドキしながら階段登って、神崎さんの部屋のドアをノックしたんだよ。でも返事がねーんだよ。仕方ないからドンドン叩いたんだよ。それでやっと反応があったんだよ。


「どうぞ」


 って言うから開けちゃうよ。神崎さんがベッドに寝転がっている状態から起き上がろうとしてるとこだったんだよ。


「すみません。ヘッドフォンで音楽を聴いていたもので。何度かノックされましたか?」

「あ、ううん、そんな事無い。 ……あの、ちょっと入っていい?」

「どうぞ」


 って言ってベッドの縁に座って隣に座るように促してるから、まあ、あたしも神崎さんの隣に座ったんだな。


「何聴いてたの?」

「ハチャトゥリアンの『仮面舞踏会』です。ご存知ですか?」

「知らんし……ちょっと聴かせて」

「どうぞ」


ってヘッドフォン付けてくれたんだけど。

……うわぁ、何これ……クラシックってこんなのもあるの?


「凄い……かっこいい……」

「ドラマティックでしょう? 人は皆仮面をつけて生きている。疑ったり疑われたり。愛する人さえも疑う事がある。ある男性が奥さんの不貞を疑って、仮面舞踏会で彼女を毒殺するお話なんです」

「怖……」

「世の中に『仮面舞踏会』と名の付く曲はたくさんありますが、これは断トツですよ。秀逸と言う言葉はこの曲の為にある……。あ、すみません。ご用があって来られたんですよね?」

「あ、うん、そうだった」


 ヘッドフォン外して神崎さんに返した時に、ベッドにたくさん積んである本が目に入った。『電源回路設計』『油圧制御システムの構築』『温度・湿度センサ』『車載ネットワークシステムの構築』『ハイブリッド設計』何これ……。


「勉強してたの?」

「ええ、まあ。で、何ですか?」

「あ……うん」


 もじもじしてたら神崎さんがあたしの顔を覗き込んだんだよ。


「どうかなさいましたか?」

「あのね……バーベキューの次の日」

「はい」

「ガンタに誘われたの」


 そのミョーな間、やめよーよ。


「……デートですか?」

「そういうのじゃないんだけど」

「では、どういうのですか?」

「その……ガンタがね、神崎さんに触発されて最近料理始めたって」

「ええ、聞きましたよ」

「それでね、その、手料理をあたしに食べて欲しいって」

「そうですか。良かったですね」


 棒読みやめよーよ。


「手料理と言う事は岩田君のご自宅に招待されたという事ですね?」

「うん、そーゆーこと」

「お一人でですか?」

「そりゃそうでしょ?」

「そうですか」


 え、何、ちょっとやっぱなんかマズイかな? 怒ってる?


「あのさ、ガンタ迎えに来てくれるって言ってるけど、ここまで来て貰う事は無いから。だから、この家は知られないし」

「どこかで待ち合わせなさるんですか」

「うん、ガンタが神崎さんに気を遣って、どっかで待ち合わせしようって」

「僕の事なら気にかけていただかなくて結構です」

「でもほら、朝迎えに行くってガンタが言った時、神崎さんが個人情報だから家は知られたくないって」

「あれは表向きの理由です。岩田君の運転であなたを迎えに来られたら危険だと思ったので、咄嗟にそう言っただけです」

「でもね、ガンタね、神崎さんに教えられたって言ってたんだよ。クルマは速けりゃいいってもんじゃなくて、大事な人を安全に快適に乗せてあげるのが本物のクルマ乗りだと教わったって。ご飯だってお腹を満たせばいいんじゃなくて、大事な人のカラダを作るものだから愛情込めて作るものだって事を神崎さんのお弁当から教わったって」

「岩田君がそんな事を?」

「うん。神崎さんは心の兄貴だって言ってた。それで手料理をあたしに食べて欲しいって」

「そうですか」


 神崎さん難しい顔で何か考えてるよ。


「ですが、岩田君のお宅に一人で行くのは賛成できませんね」

「え、なんで?」

「わかりませんか?」

「うん」

「ではわからせてあげます」

「ひゃあ……」


 いきなり。神崎さんがあたしをそのままベッドに押し倒したんだよ!

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