第92話 何がごめんなの?

 神崎さんはずっと運動してるからホカホカしてそうだけど、あたしは流石に冷えて来たんだよ。やっぱ神崎さんのウィンドブレーカー借りてきて正解だったよ。ブルブルって身震いしてたらさ、神崎さんがしっかりチェックしてんだよ。


「山田さん、冷えたんじゃありませんか?」

「あ、うん、ちょっと」

「僕の、もう一枚着ますか? 僕はもう暑いんで脱いでも平気ですので。ただ少々汗臭いかも知れませんが」

「匂いとか気にならないし」

「じゃあどうぞ、使って下さい」


 って自分が着てるのを脱いでくれたんだよ。うはー、まだあったかい。神崎さんの体温~。うへ~、神崎さんの匂いだ~。くんくん。花子、犬モード起動。


「大丈夫ですか?」

「あ、うん。ありがと」

「じゃ、行きましょうか」


 二人で自転車のところまで戻ったんだけどさ。何かがガサッて動いたんだよ! しかも、暗闇の中で目が二つキラッと光ったんだよ!!


「びゃああああああああああ!!!」


 もう、訳わかんないよ、とにかく無我夢中で神崎さんに抱きついたんだよ。


「ななななな!」

「山田さん、山田さん」

「なんかいるなんかいるなんかいるなんかいる!」

「山田さん、落ち着いてください。タヌキです」

「あ? ……タヌキ?」

「もう山田さんの声に驚いて逃げてしまいましたよ」

「う……」


 ゆっくり顔を上げると、神崎さんと目が合ったんだよ。すっごい至近距離で!

 えっ? えええっ? えあああ? うああおおああ! 神崎さんに抱き締められている!


「ひょああええあっ! かっかかか神崎さん、ごめん!」


 大慌てで離れようとしたんだけどさ。離れられないんだよ。なんでだよ。ってゆーか、答えは簡単なんだよ。神崎さんが離してくれないんだよ。


「何故ごめんなんですか? 何がごめんなんですか?」

「あー、いやいやいや、そのっ、ほらっ。このっ、これっ……抱きついちゃったりしてさ、ごめん的な?」

「抱きついてしまう事の何がごめんなんです?」

「ええっ? あ、だって」

「……もう少し……こうしている事は許されないのですか」

「ほえ?」

「……いえ……何でもありません」


 神崎さんがフッと腕の力を抜いて離してくれたんだけど。ちょっと惜しい事したな。もうちょっとくっついてても良かったかな?

 ま、いっか、この服、神崎さんの匂いしてるし。くんくん。花子、犬モード再起動。くんくん。


「帰りましょうか」

「うん」


 そう言った神崎さんの声が、心なしか淋しげに響いたような気がしたのは、気のせいだろうか?

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