第91話 秘密結社のアジト
何? なんでこんな山奥に何かの施設があるの? これはもしやヤバい秘密結社のアジトとかそんなんじゃないだろうね?
って思ったら。ん? 天然温泉? は? 何ですかこれは、スパですか? 大きな建物の裏手に駐車場、建物の正面から脇にかけてアスレチックみたいなのがあって、ブランコやら鉄棒やらタイヤが半分地面に埋まってるのやら土管なんかが設置されて、子供が身体を動かして遊べるようになってる。こんな施設があったんだ。
神崎さんはそこに入ると、真っ直ぐ鉄棒の方に向かって行くんだよ。何だかわからんけどあたしもついて行くんだよ。
「山田さん、自転車はその辺に停めて下さい」
「お風呂入りに来たの?」
「まさか。もう営業は終わってます」
何を始めるのかと思ったら、いきなり鉄棒にぶら下がるんだよ。この歳になって鉄棒かい。……って懸垂か、懸垂したかったのか。なんか黙々とやってるよ。ミョーにストイックな感じだよ。かと言って、ニヤニヤしながら懸垂されたら、それはそれで嫌だけど。
暇だから、あたしも神崎さんの隣にぶら下がってみたりするんだよ。だけど自分の体重を支えきれないんだよ。自分で笑っちゃうんだよ。でも神崎さんは黙々とやってんだよ。一体何回やるんだよ?
と思ってたら。今度はブランコだよ。ブランコの座面に腕をついてさ、何始めるのかと思ったらそのままブランコを押すんだよ。そうすると体が倒れて来るじゃん? すんごい不安定に斜めになった状態で身体を一直線にして静止してんだよ。
「ね、それ何やってんの?」
「プランクですよ」
って、涼しい顔で言うし。これ、フツー喋れないでしょーが。
「プランク?」
「そう。こうやって肘から先を地面について、身体を一直線にするだけです。結構腹筋にも背筋にも効くんです。ブランコを使うと安定しないので腹斜筋も鍛えられて丁度いいんですよ」
「あたしもやろうかな」
「ダメです。山田さんは固定された床で、膝を着いた状態でやってください。慣れていない人がブランコなど使うと怪我をします」
「そっか……」
「これ、結構キツいんですよ。最初は30秒からスタートですね」
「え? 神崎さんもう1分くらいやってるよ」
「ええ、僕は毎日2分×3セットです。ブランコが使えない日は屋内で2分×5セットと決めています」
「ふーん」
それから暫くして、今度はベンチの方に移動したんだよ。何すんだよ一体。
神崎さんはいきなりベンチに寝っ転がってその端を掴んだんだよ。
「何すんの?」
「ドラゴンフラッグってご存知ですか?」
「知らんし」
「ロッキーか何かでやってたと思うんですが……ロッキーじゃなかったかな?」
ブツブツ言いながら脚を揃えて軽く曲げるとそこからスッとまっすぐ上に向かって脚を上げたんだよ。それ、無理だし。てか腰浮いてるし。またその脚を揃えたまま下ろしてくるし。けど、下につかずにギリギリのところで寸止めしてるしっ。
それ、人間がやるの無理だろ。あんたやっぱサイボーグだろっ。
「僕はそんなにマッチョになる必要もありませんから、10回×3セットで終わりです」
「そんだけやれば十分だよ。ボクシングとかしてたの」
「僕は人と闘うのは嫌いですからそういうスポーツはしません。闘うなら自分とですね」
「じゃあ何のために鍛えてんの?」
「自然災害などに遭った時に、最低限自分の身と大切な人の身を守る為です」
「へー……そんな事考えて生活してるんだ」
「山田さんは考えた事無いんですか?」
「……無い」
「そうですか。しかしちょっとメニューを考え直さないといけない」
「そーなの?」
「大切な人の体重が想定外の事態に陥ったので」
「ほえ?」
「いえ、何でもありません。気にしないでください」
「神崎さんて偶によくわかんない事ゆーよね」
「山田さんは偶にどうしようもなく鈍感ですね」
どういう意味だ。
その後神崎さんは暫く膝の屈伸をしたり足首を回したりして、再びあたしの方を向いたんだよ。
「山田さん、帰りましょう」
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