第90話 どこ行くの?
23時頃、あたしはレギンスの上からハーパン穿いてTシャツ着てリビングに下りてきたんだよ。神崎さんはリビングで既にストレッチしてて。
てーかびっくりしたさ! 神崎さん、めっちゃ体柔らかい! 180度開脚とまでは言わないけどさ、160度は開いてるよ。その状態で顎が床についてるよ。なんでそんな事ができるんだよあんた。
「ああ、山田さん。あなたもストレッチしたほうがいいですよ。その格好で行くんですか?」
「うん、そうだけど」
「夜は冷えますから、もう一枚何か着て行った方がいいですよ」
「あーそっか。じゃあハーパンじゃなくでジャージの上下買ったほうが良かったかな?」
「ウィンドブレーカーがあるといいんですけど、お持ちじゃないですか?」
「持ってない」
「僕のがもう一枚ありますから貸しますよ」
「破けちゃうよ」
「そんなことはありませんよ。メンズのLLサイズですから大丈夫です」
神崎さん、部屋に取りに行っちゃった。とりあえずあたしもちょっとストレッチしとこ。ううう、体硬い……。お腹のお肉が邪魔して前屈できない。せめて爪先くらい掴んでみたいぞ。
「山田さん、これ、行けますか?」
神崎さんがシルバーグレイのウィンドブレーカーを持って下りてきた。ああ、いかにも神崎さんが似合いそうだよ。
で、まあ、一応着ることはできた。ちょっと前閉じるの怖くてできないけど。これ神崎さんが着たら、めっちゃ余裕あるんだろうな。
完璧なランニングスタイルの神崎さんは、Tシャツにジャージ、ウインドブレーカー、襟元にタオルを入れ、手首に反射素材のリストバンドを付け、首からはLEDライトを下げてランニングシューズを履くと、あたしのマウンテンバイクのサドルの高さを調整してくれた。
「では行きますか。山田さん、僕の後ろを普通について来てください」
「うん」
で、何気に神崎さんの後を自転車でついて行ったんだけどさ。ここって何にも無いのよ。夜とか暗いのよ。おいおい、あんたこんなとこ毎晩一人で走ってたのかよ~。
周り、山だしさ。クルマ通らないしさ。何か出そうなんだよ。足が付いて無くて白っぽくて透けてるような感じの人とかさ。どーしよ、これから毎日付いて来ようと思って自転車借りたのに、これあたしマジでヤバくない?
でも神崎さん、全然知らん顔でフツーに走っちゃってんだよ。怖くないの? 何ともないの? ……ってゆーか……あんた、本当に神崎さん? 後ろを振り返ったら顔が無かったとかそーゆーのヤダよ? てか、ここで目の前を走ってる男が神崎さんじゃなかったら、あたし、どうやって帰ったらいいんだよ? 道わかんないよ。てか怖すぎて一人で帰れないよ。ここで恐怖のあまりショック死するよ、明日地方紙に載るよ、京丹波の山道で野生のカバの死体が発見されました、とかって。
あ、そうだ。神崎さんにカバって言うのやめなさいって言われたんだった。うっ……思い出してしまった。あれって今考えるとさ、なんか凄い照れること言われてるよね。
あれ? だけどさ、逃げ場を僕に求めて下さいって、よくよく考えたらどういう意味なんだろう? どうやって神崎さんに逃げるんだろう? 冷静に考えたら訳わかんないよね? あの時はなんとなく安心しちゃったけど、今考えると意味不明だよ。だけど今更そんな事確認取れないよ。どーしよ。
目の前には相変わらず一定のリズムで走ってる神崎さんの後ろ姿がある。スマートだけど大きい背中。やべー、しがみつきたくなる背中だなぁ。何考えてんだ花子。いきなりしがみついたら変態じゃん
ん? てかなんでしがみつきたくなんのよ? なんかあたしおかしいぞ? この前から神崎さん意識し過ぎてない? 同居してたら情が湧いたか?
確かにちょっと家族っぽい気分では居るけど。確かに大事な大事なあたしの栄養管理士だし、専属調理師だし、専属ドライバーだし、ボディーガードだし、個別指導教官だし、専属の京都観光ツアーコンダクターだし。
……って、ちょっと待って。あたしにとって、神崎さんってそんな人? そんな『便利なだけ』の人?
違うよ、違うって! それだけだったら『しがみつきたい』とか思わないじゃん。何だろ、やっぱ『家族』なんだよ。お父さんになったりお兄ちゃんになったり。頼れるお兄ちゃんて感じなんだよ。兄妹にしちゃ、兄がイケメン過ぎるけど。
それとも……恋人、とか?
うおあああああ! それは無い! 無い無い無い! 有り得ない! 釣り合わないにも程がある! あの完璧すぎるイケメン(Gはこの際目を瞑ろう)とこのブチャイクなデブで恋人とか有り得ないし! 凸凹すぎて自分で笑っちゃうし!
やっぱこのイケメンには城代主任みたいな頭が良くて仕事のデキる超絶美人みたいな人でないと似合わないしっ!
って、一人で妄想に耽りながらペダルを漕いでいたら、神崎さんが山の中に唐突に出現した施設の敷地に入って行ったんだよ。
どこ行くの、神崎さん!?
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