第88話 なんであたしに?

「よぉ、神崎君。もうええんか?」

「すみません、ご心配をおかけしました。如何です? マシンは」

 

 FB80からスルスルと降りてきた親父さんは、いつものニコニコ顔で神崎さんの方に歩いてきた。


「うん、ええ感じやね。特にエネルギーモニタがええわ。ピンクが新鮮やね」

「山田さんの提案ですよ」

「そうらしいね。チューリップのピンクからヒントを得たって聞いたで」

「そうなんですか? 初耳でした」


 神崎さんがびっくりしたようにこっちを見てる。あ、そうか、神崎さんには言ってなかったんだ。


「チューリップの名前、神崎君が教えてやったんやてなぁ? 冴子ちゃんがそう言うとったわ」

「そうでしたでしょうか」

「そうだよ、あたしがそんなの知ってるわけないし。城代主任も『そういえばそんな名前だった』って言ってたもん」

「おやぁ? 花ちゃん、ここ数日で随分神崎君に懐いちゃったねぇ」

「えっ? そんなことないですよ~」


 懐くって……小動物じゃないんだし。てか寧ろ猛獣……。


「金曜日までは神崎君にも丁寧語使ことったで? 今じゃすっかりフレンドリーやんなぁ」

「そ、そうでしたっけ?」

「そうでしたよ」


 神崎さんまで!


「まああれやな、1週間も一緒の部屋に住んどったら、顔も見たない程嫌になるか、えらい仲良うなるかどっちかやしなぁ」

「まあそうですよねぇ~、最初はどうなることかと思いましたけど……え? 一緒の部屋?」


 神崎さんが何か言いたげにこっちをジトーッと見てる。親父さんは親父さんでクックッと笑い出す。あたし、やっちまったかも。


「神崎君、花ちゃんは素直だねぇ。大丈夫やで、俺と冴子ちゃんしか気づいてへんよ。冴子ちゃんは要らん事は言わへん」


 神崎さんは観念したように苦笑いしながら後ろ頭に手をやってる。


「本社総務部の手違いでして……。本来なら有り得ないことなんですが」

「せやけど、花ちゃんで良かったやん」

「山田さんだったから了承したんですよ」

「あ~、そら正解やな」


 神崎さん、それどーゆー意味? いろんな意味に取れるけど。


「さて、ほんなら後はこの昇圧器と蓄電器の位置やな」

「ええ、冷却装置も従来品では性能的に限界ですから、新しく専用機を作らないといけませんしね」

「花ちゃんには、アイドリングコーションのメッセージポジションを再確認しといて貰って、後は……何かあったかな?」

「また出てきた時に随時手直ししましょう」

「そやな。それにしても」


 親父さんがFB80を見上げながらブツブツ言うんだよ。


「神崎君はほんまに不思議な人やな。なんや人を惹き付けるわなぁ。その神崎君を惹きつけるゆーんは、えらいことやで、花ちゃん」


 なんであたしに言うかな……。

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