第86話 G
お昼食べ終わって、ガンタとチューリップの方から回って戻ろうかって歩いてたんだよ。そうしたらさ、ちょうど神崎さんがベンチでお弁当を片付けて戻るところだったんだよ。城代主任は先に戻ったのかな。
「山田さん、岩田君、ご一緒だったんですね」
「はい、今日も神崎さんのお弁当、参考にさして貰いました」
「参考ですか?」
「俺、最近頑張って自炊してるんすよ。神崎さんに触発されて。弁当まで手ぇ回らないすけど」
「そうでしたか。まあ男の料理なんてものはアバウトでも許されたりしますから、あまり難しく考えない方が上手く行きますよ」
「でも、神崎さんの料理はなんか完璧っぽいっすよ」
「とんでもない。作っているところなど、とても見せられませんよ」
何気に3人で歩きながらお喋りをしてたんだけど、食堂の裏口の辺りまで来た時に突然神崎さんが立ち止まったんだよ。
「どうしたの? 神崎さん」
「……あれ」
「ほえ?」
ん? 神崎さんの目が一点を凝視したまま見開かれてる。何?
「あれは……まさか……」
「どれよ?」
神崎さんが口の中で何かブツブツ呟いてる。何言ってんだ?
「え? 何?」
「幼虫期平均300日、成虫期平均200日、トータル平均寿命約500日、一度に産卵する卵の数20~30個、一生のうちの産卵回数約20回、平均サイズ25mm~40mm、移動速度秒速約100cm……」
「ちょっと、どうしたの?」
「飛翔能力は極めて高く、3mmの隙間があればどこへでも侵入可能、主な活動時間は夕方から朝にかけての夜間、天敵はムカデ、カマキリ、アシダカグモ……」
「何の話よ?」
「節足動物門昆虫綱ゴキブリ目ゴキブリ科クロゴキブリ……が、そこの壁に居ます。推定サイズ約38mm大型です」
「は? ゴキブリ?」
「そっ……その名前を僕の方を向いて言わないでくださいお願いします」
「神崎さんアレだめなんすか?」
「お願いです今の僕に話しかけないでください集中が途切れます」
「嫌いなのにすげー知識っすね」
「彼を知り己を知れば百戦殆うからずです」
「潰して来ようよ、あれ残しておくと凄い繁殖するんだよね」
「潰っっ!!! やめて下さいっ! お願いしますっ!」
え? 神崎さんがあたしの腕にしがみついて引き留めてるよ。しかも腰引けてる。
あの神崎さんが完全に怯えてる!
「ダメだって。繁殖したらとんでもない数になるんだよ?」
「いえ、わかってます! わかってますけど、お願い、ダメ、助けて下さい、僕がダメです、お願いですから」
「ええい、ゴチャゴチャ言わん!」
「あっ、山田さん!」
神崎さんの腕を振り払って、側に立てかけてあった箒を逆手に構える。後ろで神崎さんが小さな悲鳴を上げている。でも無視。あたしはそのまま黒ゴキめがけて渾身の力で箒を振り下ろしたのだ!
が! なんと山田花子一生の不覚、ゴキを取り逃がしてしまったのだ! それもこの野郎、あたしの頭上を掠めるように飛びやがって、真っ直ぐ神崎さんの顔めがけて一直線に!
「☆▲#〇*♡%@◆$▽?★※◎▼~!!!!!」
神崎さんの口から、日本語では表記できないような音声の、断末魔とも言える悲鳴が迸り……。
彼はそのまま失神してしまった。
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