第85話 心の兄貴
「嵩増し感ハンパ無いすね」
「あはは……そうだね」
今日もあたしはガンタとランチしてる。例の特等席で。ガンタは相変わらずの食堂ランチ。今日はCランチかな。ラーメンと炒飯と餃子がセットになってる。メッチャ美味しそう。
「これカロリーどれくらいかな」
「1300キロカロリーって書いてあったっすよ」
「高っ! あたしだとこれ最低2人前食べるから2600キロカロリーか。更に何か食べるから3000くらい行っちゃうのかな」
「神崎さんのお弁当なら大丈夫っすよ」
「そっかな」
「今日のはハンパ無く嵩増ししてるし。この炊き込みご飯、牛蒡とか糸こんとかキノコとかそんな繊維質のもんいっぱい入れてるし、おかずも玉蒟蒻の煮物とか温野菜のサラダとか。こっちなんて卯の花っすよね? おからダイエットとかあるじゃないすか」
「うん。これをね、お喋りしながらゆっくり時間をかけて食べて下さいって言われたの」
「なんか……愛情籠ってるっすね」
「え? あ、そう、かな」
「神崎さんて、もしかしてバツイチすか?」
「はぁ?」
バツイチー!? バツイチって離婚歴があるって事? なんでそっち行く?
「聞いてないけど」
「なんかお父さんぽいじゃないすか。花ちゃんを見る目線が優しいっつーか。神崎さん、花ちゃんに気があるのかなって思ってたんすけど、なんか恋愛感情って言うより父性愛に近いもんを感じるんすよね。もしかして神崎さん、子どもが居たのかなぁって思っちゃったんすよね」
「こ……子ども!」
「奥さんが子供連れて別れちゃったら、神崎さん独身彼女ナシになるじゃないすか?」
「考えた事も無かったよ~。でもそうだよね、あれだけイケメンなのに結婚もしてない彼女もいないって、違和感ありすぎだよね?」
「そうなんすよ。俺的には神崎さんはもう心の兄貴すから、神崎さんにはぜってー幸せになって欲しいっす」
「神崎さん、ガンタの事、心の真っ直ぐな青年って言ってたよ」
「マジすか! やべ、俺、なんか泣けてくる」
「ちょっと、ここで泣かないでよ。食堂だし!」
って言ってたら! この特等席から良く見える外のベンチに、当の神崎さんと城代主任が歩いて行くのが見えたんだよ。この前のウッドテーブルのところに陣取った二人は、またチューリップの花壇を眺めながらお弁当を広げ始めたんだよ。何ちゅータイミングなんだよ。
「あの二人、スゲエ雰囲気いいっすよね。大人な感じで。城代主任と神崎さんてお似合いだと思いませんか?」
「うん……似合ってる。見てる方が照れるくらい素敵だよね」
「城代主任、41歳なんすよ。神崎さんの丁度10コ上すね」
「10歳も離れてるように見えないね」
「城代主任、若くて美人だし、神崎さんが落ち着いたイメージだから釣りあって見えますよね」
二人でお弁当を広げて楽しそうに話してる。神崎さん、城代主任と話す時は盛り上がってるな。
「城代主任、クラシックと読書が趣味なんすよ。あと、お料理も。神崎さんとメッチャ被ってますよね」
「うん、楽しそうだもんね。なんだっけショタコンビーチだっけ? それの交響曲第5番のニューヨークのアインシュタインくらい盛り上がったりするって神崎さん言ってたけど、あたしにはアゼルバイジャン語でしかなかったよ。城代主任なら通じるんだろうね」
「ショスタコーヴィチの5番すか? ニューヨークフィルのバーンスタイン指揮ってとこすかね?」
「あーそれそれ! なんでガンタ知ってんの?」
「俺の妹が吹奏楽部なんで、そういう名前だけはよく聞くんすよ。俺はクラシックは聴かないすけど」
「へええ~、ちょっと聞いた事があるくらいで話が通じるんだもんね……あたしには全く神崎さんの話が理解できない時あるもん」
「あの……俺」
急にガンタが姿勢を正すんだよ。どーしたガンタ?
「花ちゃんが全然料理できないって聞いたから、俺最近、自分で料理頑張ってるんすよ。いつか俺の手料理食べてくれますか?」
「ええっ?」
「ちゃんとカロリー計算しますから」
「いや、あたしの為に作ってくれなくていいから」
「大丈夫っす。自分の為っす。神崎さんのお弁当見て、俺このままじゃダメだって目が覚めたんすよ。自分で自分の面倒も見れねーヤツが、花ちゃんに付き合ってくれなんて言うのは100万年早いって。クルマも速けりゃいいってもんじゃない、大事な人を安全に快適に乗せるのが本物のクルマ乗りだって気づいたんすよ。神崎さんは自分の背中で俺にいろんなこと教えてくれてるんすよ。だから心の兄貴なんすよね」
おおお、ガンタ、あんた今マジでカッコいいよ。ちょっと惚れたよ。
「俺、早く神崎さんに追いつきたいんすよね。そんで親父さんみたいに歳を取りたいんすよ。カッコいいっす、二人……」
「きっとガンタなら親父さんみたいになれるよ」
「そーすかね。花ちゃんに言われると嬉しいっす」
ガンタいいヤツだな……なんて思いながら、あたしは複雑な気分で城代主任と神崎さんを眺めた。
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