第83話 僕に
「あのさ。高校生の時さ……」
「はい」
「彼氏いたんだ。一応。まだカバじゃなくてさ、体重だって44kgしかなかったんだ」
「……現在の半分ですね」
「うん、うちの家系、みんな細いの。でさ、何やっても太らないしさ、安心してたって言うかあんまり食事に気を遣ってなかったのよ。あたしもそうだけど、親もそう。だからとーぜん料理もできなくてさ」
「そのまま大人になられたんですね」
「うん。それでね、クリスマスにさ、一人暮らししてた彼に手料理が食べたいって言われたんだよ。作れないけど頑張ったんだよ。喜んで欲しくてさ。スープとさ、ハンバーグとさ、サラダ作ってさ。2時間もかけて死ぬほど頑張ったんだよ」
「2時間……」
「うん。タマネギのみじん切りとかできなくてさ。それで2時間経ってようやくできた時、彼氏寝てた」
「そうですか……」
「起こしてさ、食べよって声かけてさ。だけど不評だったんだよね、それ」
「なんと言われたんですか」
「ハンバーグ、周りが真っ黒に焦げてて、だけど中まで火が通ってなくて、なんか生っぽくてさ。サラダも野菜切っただけなんだけど、一番最初に作ったから、もうクチャッとなってて全然パリッとしてなくて。スープも『給食のスープの味』って言われちゃったんだ。2時間も待たされて、焦げてるのに生なハンバーグとか、漬物みたいなサラダとか、給食のスープ食べさせられたら、そりゃあ文句の一つも言いたくなるのはわかるけどさ、クリスマスケーキも暖房の効いた部屋でデロっとしちゃって、なんか最悪のクリスマスだったんだよ」
「……」
「それが原因で別れたの。それで別れるって言うなら仕方ないしさ。だけどその後が酷かったんだ」
「後?」
「その後さ、学校行ったらみんな知ってんだよね。焦げてるくせに生のハンバーグとか給食スープとかってからかわれてさ。みんなジョークのつもりなんだろうけど、あたしはすっごい傷ついたんだよ。だって2時間もかけて頑張ったんだよ? 食べたいって言うから。それ、わざわざみんなに言う必要ある? あたし、学校で泣きそうだったの我慢して、みんなの前ではへらへらしてたよ。自虐ネタにして笑い取ったよ。そしたら、あたしが傷ついてるなんて全く思ってなかったんだろうね、その元彼、新しい彼女ができた時にその話してあたしをバカにして笑ってたの」
神崎さん、何も言わずに黙って聴いてる。あたしと視線を合わせないでくれてるからまだ言い易い。
「あたし学校行けなくなってさ。ずっと家から出ないでゴロゴロしてストレス溜めて食べ続けたの。吐くほど食べなかったから、ホントぶくぶく太っちゃってさ。今度はデブになったから学校行けなくなったの。制服入らないし。家とコンビニしか往復しなくなってさ。ある日、コンビニ行ったらその元彼の彼女が居たんだよ。あたしを見て固まってた。絶対学校でみんなに言うだろうなって思った。それであたし、完璧に家から出なくなった。それまでは保健室登校とかもしてたんだよ? でも保健室も行かなくなった。一応出席日数は足りてたから卒業はできたけど、あたしは高校の事は忘れて、これから大学で全く知らない人たちとやり直そうって決めたの。最初からデブなら誰もおかしく思わないじゃん?」
「それからずっとこのままですか?」
「うん」
「それは……辛かったですね」
「……うん」
「もう男なんか信用できないですね」
「友達ならいいけど、付き合うのは嫌」
神崎さんが、今まで逸らしていた目をこっちに向けてきた。真っ直ぐあたしを見てる。なんか……怖い。
「僕があなたをカバとは思っていないと言ったのを覚えてらっしゃいますね? 僕にはあなたが魅力的な女性に映っています。ですから、もうご自分の事をカバと言うのはやめていただけませんか? 自分で自分を傷つけるのはやめていただきたいんです」
「う……ん」
「自分に逃げ場を作らないでください」
「逃げ場?」
「ええ、『どうせ私はカバだもん』と言って逃げ道を作っているんです。そうする事で更に傷ついている。逃げてはダメです。自分と正面から向き合って下さい」
そうだ。あたしは自分にそう言い聞かせてた。自分で先に『カバだもん』って言っちゃえば、誰かに言われることはない。傷つかなくて済む。だから予防線張ってたんだ。
だけど……それで更に傷ついてるって……気付かないうちに自分で自分を傷つけてたの?
「でも」
「でもじゃない。どうしても逃げ場を作るなら、自分の中にではなく僕に逃げ場を求めて下さい」
「え? 神崎さんに?」
「僕が受け止めますよ。ですから逃げ場を自分に作っちゃダメです」
そう言って、神崎さん、あたしのプニプニの小っちゃい手に、自分の大きな手を重ねたんだよ。そしたらさ、なんかよくわかんないけど涙が出て来てさ、止まんなくなったんだよ。なんか安心しちゃってさ。
この人、あたしを全部見抜いてる。全部放り出して任せられる。この人に逃げ場を求められるなら、怖いものなんて何にもないじゃん。
「うん。わかった。もうカバって言わない」
「お利口さんですね」
「だから神崎さん……」
「大丈夫。わかりましたよ」
神崎さんはあたしの涙が止まるまでずっと隣に座ってくれた。
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